ソーシャルビジネス・トピックス第4回 ソーシャルビジネスと経営戦略① ~ 事業の軸の定め方 ~

執筆者
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 副主任研究員 水谷 衣里

■"ソーシャルビジネス"×"経営"

皆さんは、「ソーシャルビジネス」という言葉を聞いたことがあるだろうか。
ソーシャルビジネスとは、ひと言でいえば、「社会課題の解決を、事業を通じて実現する」ビジネスのあり方を指す。
用語として定着を見せ始めたのはここ10年ほどだが、それ以前にも、社会課題の種、あるいは課題の深刻さに気付いた人々が、自ら事業を起こし、雇用をつくり、サービスを創造しながら課題解決に挑んできた歴史がある1
ソーシャルビジネスの定義については、既に本メールマガジンでも紹介されているので、詳細はそちらをご参照頂くとして2 、今回のコラムでは、"ソーシャルビジネス"×"経営"という観点からソーシャルビジネスのあり方を考えたい。
筆者は、ソーシャルビジネスを立ち上げ、意味ある形で事業を継続しようと考えた場合、①社会課題の発生原因と現状を正確につかみ、事業の軸を設定すること、②課題解決を継続的に行うために、事業性を維持すること、③可能な限り事業のインパクトを高め、より早く、より多くの課題解決を行うことの3つが重要だと考えている。そこで3回連載の本コラムでは、各回ごとにこの3つをどのように実現していくのか、そのヒントを筆者なりの経験から提示してみる。

  1. 例えば有機野菜を作り販売する行為は、今では当たり前のビジネスとして市場に存在するが、70年代・80年代には極めて先端的・尖鋭的なビジネスだった。障がいを持つ当事者の方を雇用しながら、焼き菓子などの物販で収入を得るなどといった取組みも、ソーシャルビジネスという言葉が存在しない時代から、社会的に不利な立場にある方々の生きる場づくりの一つの方法として取り組まれてきた。
  2. 日本政策金融公庫メールマガジンに関連した記事として、NPO法人コミュニティビジネスサポートセンター 代表理事 永沢映さん執筆の平成26年9月配信記事、ソーシャルビジネス・トピックス(第1回)「ソーシャルビジネスとは」をご参照頂きたい。

■「堂々巡り」から抜け出すコツは?-「メンター」と「アクションリサーチ」

第1回のテーマは、「いかに課題を正確に把握し、事業の軸を作るか」。しかし、これはなかなかに難しい。ただやみくもに調べるだけでは課題の本質に迫りきれないことも多く、「事業の軸を定める」ために、悶々と禅問答を繰り返し堂々巡りする起業家の卵も少なくない。
的外れな時間の使い方や堂々巡りを避ける方法は2つある。一つは「良きメンター(指導者、助言者)を見つけること」。もう一つは「アクションリサーチを行うこと」である。

■良きメンターをどう見つけるか

まず「良きメンターを見つけること」について。この場合は「適切なメンターとは誰か」、「適切なメンターにどう出会うか」の2つが論点となる。
メンターには様々なタイプがあり、何が正解かはその人によって異なるが、一つの重要なパターンは、「先輩起業家」と出会う、ということである。これは特定の業界やサービスに特化して事業を行うのであればなおさらだ。その業界の構造や習慣を理解し、参入可能な領域はどこなのか、事業の独自性として勝負できることとは何か、考えを整理することはもちろん、社会課題の構造を掴み、状況を把握し、課題解決のために最適な事業の形を考える観点からも、メンターの存在は重要な役割を果たす。また、特定の地域にフォーカスして事業を進めようという場合もあるだろう。その場合には、その地域を良く知るガイド役としてのメンターが必要になる。

メンターを探す一つの方法として、自分が関わる例を2つ紹介したい。
一つは「社会起業塾」。複数の企業の協賛を得て、NPO法人ETIC.が事務局を担うこの取組みでは、現在までに91人の社会起業家を輩出した。起業家を支えるコミュニティ形成を軸とした日本のソーシャルビジネス支援としては、草分け的存在だ。
社会起業塾は、文字通り「社会起業」したい人のための「塾」である。塾といっても座学で理論を学ぶのではない。社会起業塾の場合、起業家の卵にコーディネーターやメンター役となる外部者が伴走し、成長を助ける。事業の状況を見ながら、同分野の先輩起業家や業界関係者などにつなぎ、インプットを得ながら事業の軸を磨く。様々なインプットをコーディネーターやメンター役と共に咀嚼(そしゃく)していく過程を経て、自らのぶれない軸がどこにあるのか、起業家自身がいわば事業の軸が何か「腹落ち」(納得)し、自走し始めることが出来る状況を作り出すことを目指している。

<社会起業塾での合宿の様子>   <起業家のプレゼンに真摯に向き合う>
<社会起業塾での合宿の様子>   <起業家のプレゼンに真摯に向き合う>

もう一つの例は、公益信託世田谷まちづくりファンドが新たに始めた取組み「キラ星応援コミュニティ部門」。まだ始まったばかりだが、この取組みは助成金の交付とメンターによる支援がセットになっていて、助成期間中を通じて概ね3名程度のメンターが助成先を支援する格好だ。世田谷区内で行われる事業に特化しているという側面があり、まさにローカルな場でメンターを見つけ、起業家の応援団を形成する場となっている。
筆者は持論として、メンターは複数いることが重要だと考えている。理由は2つある。一つは、そもそも万能な人など存在せず、沢山の人の知恵を借りながら、最適解を導き出すことが大切だと思うこと。もう一つは、1人の相談相手に依存するのではなく、自らの事業を少し客観的に眺めた時に、どんな人からアドバイスを受ければよいのかを、考える冷静さが起業家には必要だと思うこと、である。なお、事業性を高めるといった観点からのアドバイスについては、改めて第2回でも触れたい。

■「サービスのあり方」を市場に聞いてみる

次に、「アクションリサーチを行うこと」について。これについては1つの実例を挙げたい。聴覚に不自由を持つ方々のために、スマートフォンなどのタブレット端末を使い、「遠隔手話通訳」という独自のサービスを提供している「シュアール」という株式会社がある。同社は、学生ベンチャーとして活動していた2011年2月、UQコミュニケーションズ株式会社、日本電気株式会社(NEC)、藤沢市、慶應義塾大学飯盛義徳研究室等の協力を得て、24時間連続で遠隔手話通訳サービスを提供するという実証実験を1週間行った。
実証実験で確認したかったことは、遠隔手話通訳サービスの提供を始めた場合、自社のオペレーションをどう構築すれば良いか、また、サービス提供の際にどのような課題が生まれるか、さらには実際のユーザーである聴覚に不自由を持つ方々が、「遠隔」で「手話」を提供するというこの日本に定着していない新しいサービスをどのように感じるか、だった。実際、「手話通訳は対面で行うものである」、という常識を覆し、未知のサービスを作るシュアールのチャレンジに対して、当事者である聴覚に不自由を持つ方々が理解し共感する機会を作ったという意味でも、この実証実験は貴重な機会となった。
加えて言えば、同社はこの直後に発生した東日本大震災において、発生直後から1カ月にわたり、24時間体制で遠隔手話通訳を提供した。緊急時だからこそ知りたい、しかし緊急時であるがゆえに、例えばTVもテロップが十分表示されないなどの環境において、このサービスは被災地に限らず全国の手話ユーザーのリクエストに応えることが出来たという。
その後、シュアールは実証実験の成果を梃子(てこ)に、本格的なサービス提供を始める。言ってみれば、事業として"回り始めた"段階を迎えていった。この例は、机上で考えるよりも、アクションを行いながら、サービスのあり方を「市場に聞いてみる」ことの大切さを示している。

<遠隔手話通訳を利用する様子>   <コールセンターを介し手話通訳を行う>
<遠隔手話通訳を利用する様子>   <コールセンターを介し手話通訳を行う>

■小さなトライで仮説を磨く。素早く動き、アクション量を増やす。

ただし、仮説なきアクションは単なる行き当たりばったりでしかない。一定のビジネスの形や確認したい仮説を考えた上で、その仮説を「小さなトライを繰り返すこと」で磨いていく。始まったばかりの事業であればこそ、小さくても良いのでアクション量を増やす。かつ素早くトライする。そうすれば、仮に失敗したとしても被害は最小限にとどまり、軌道修正も容易だ。
さらに言えば、ソーシャルビジネスの場合、その社会的なメッセージが明確であれば、小さなアクションの繰り返しから必要な共感者が見つかることもある。先のシュアールの例でいえば、試行錯誤の中であっても、まずは実際にサービスを提供してみることで、新たな経営資源、具体的には遠隔手話通訳を提供する際に欠かせない、手話通訳者や事務局スタッフを開拓することができた。ここで出会ったスタッフたちは、その後シュアールの組織の中核を担っていった。ここからも、小さなトライを繰り返すことの意味が理解できよう。小さなトライの中から学び、次のステップを考え、さらにアクションを行う。そのループを一つひとつ作ることが重要である。
次回は②課題解決を継続的に行うこと、つまりは事業性を維持し継続性を高めることについて述べたい。

≪執筆者紹介≫
水谷 衣里(みずたに えり)

民間による公益活動の基盤整備や社会的投資の推進に関する政策立案やコンサルティング業務に従事。当該分野のスぺシャリストを目指し研鑽しながら、個人としても現場の市民活動・ソーシャルビジネス支援に関わり続ける。東京工科大学特任講師、あいちコミュニティ財団評議員、公益信託世田谷まちづくりファンド運営委員、社会起業塾イニシアチブコーディネーター。公益社団法人チャンスフォー・チルドレンアドバイザー、等。

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