ソーシャルビジネス・トピックス第16回 人と組織のマネジメント①
~非営利組織の人材の特徴~

執筆者
NPO法人CRファクトリー
代表理事 呉 哲煥

■非営利組織は人を変えるチェンジ・エージェントである

社会的企業やNPOは、より良い社会の実現を目的として設立されることが多いため、最終的なゴールは「社会システムの変化」であったり、「人々の意識の変化」というところに行き着きます。自社の顧客や従業員の変化だけではなく、その対象は「社会」や「市民」にまで及ぶこともあります。例えば、「ママが働きやすい社会」を目指そうとすれば、当事者である母親だけではなく、配偶者としての父親や勤務先の企業・職場、さらには社会制度までが対象の範囲となります。それらの変化なくして、真の社会課題解決には至りません。P.F.ドラッカーは非営利組織の経営において「非営利組織は人を変えるためのチェンジ・エージェントである」と言っています。つまり「人の変化」こそが社会的企業やNPOの大きな役割であり使命だということです(図表1)。したがって、ステークホルダー(関係者)の対象範囲を広げ、多くの人の意識や行動の変化を促すことが求められます。社会的企業やNPOにおける人と組織のマネジメントを考える際には、この部分をまずは押さえておきたいところです。

【図表1 「非営利組織は人を変えるためのチェンジ・エージェントである」】

図表1 「非営利組織は人を変えるためのチェンジ・エージェントである」

■非営利組織の人材の特徴

社会的企業やNPOに関わる人材については、大きく2つの特徴があります。一つは関わる人材が多様性が高いこと。もう一つは「想い」や「志」をモチベーションの源泉にしていることです。

1. 多様な関わり方のデザイン

一つ目の多様性については、顧客、従業員、ボランティア、寄付者、地域住民、応援してくれる方々など、多くのステークホルダーが存在する点に特徴があります。「社会システムの変化」や「人々の意識の変化」が最終的なゴールになる場合、自然とその対象範囲は広がりやすくなるものです。各ステークホルダーは、単に役割や関わり方の種類が多様なだけでなく、その関わりの度合い(コミットメント)においても多様性があるのがポイントです。どこの組織も「すごくやる人」、「そこそこやる人」、「ほとんどやらない人」がいます。別の言い方をすれば、「人生のほぼ全てを捧げている人」、「人生の半分ぐらいを捧げている人」、「人生の10%ぐらいを捧げている人」など様々なメンバーがいて、それらの人々によって組織が構成されています。私たちはこれをサッカーに例えて「フィールド(=90分出場する人)」、「ベンチ(=10分だけ出場する人)」、「観客席(=応援したり手伝ってくれる人)」と言ったり、色に例えて「赤」、「橙」、「黄」、「緑」、「青」などと表現しています(図表2)。組織・コミュニティの中に関わりの度合いのグラデーションがあるということです。このように関わる人の多様性が非営利組織の特徴であり、そしてそこから生じる「温度差」が非営利組織のマネジメントを難しくしている大きな要因でもあります。

【図表2 多様な関わり方のデザイン】

図表2 多様な関わり方のデザイン

2. 心を動かすマネジメント

組織論で有名な田尾雅夫教授は『非営利組織論』の中で、「生きがいや働きがいが全てであるような人たちは、嫌になればいつでも辞める人たちでもある」と述べています。無償のボランティアスタッフや会員はもちろん、有給のフルタイムスタッフやアルバイト・パートスタッフも、少なからずこのようなメンタリティ(精神性)を持っています。この会社・団体で働く(活動する)動機が、「目指すべき社会像のため」や「社会課題の解決のため」あるいは「この人たちと一緒に働くこと・活動することに充実感と楽しさを感じるから」といった「想い」や「志」に根ざしていることが多いのです。そのような「心」の部分が、この会社・団体に関わることを選択している理由であり、仕事・活動のモチベーションになっているのです。人材のマネジメントにおいて重要なのは、金銭的な報酬のみならず、「非金銭的報酬」をいかに支払い、満たせるかということなのです。ここでいう「非金銭的報酬」とは「成長感」、「貢献感」、「つながり・仲間」、「楽しさ」など(図表3)であり、これらが働くこと・活動することのエネルギーになるのです。よって、社会的企業やNPOの人材のマネジメントにおいては「心を動かすマネジメント」が重要になってきます。関わる人たちの心を動かし、より良い社会をつくる仲間として、共に歩んでいくというスタンスを持つこと。このスタンスを持つことは社会的企業やNPOの人材マネジメントの核心であり、多くの人的資源(ヒューマンリソース)を巻き込み、活用することにつながります。

【図表3 「非金銭的報酬」の例】

図表3 「非金銭的報酬」の例

次回以降は、これらの人材の特徴を踏まえた上で、さらにそのマネジメントのポイントを詳しく見ていきましょう。

≪執筆者紹介≫
呉 哲煥(ご てつあき)

1974年生まれ。静岡大学人文学部社会学科卒業。2001年に独立・起業し、コミュニティ運営・支援事業を開始する。2005年にNPO法人CRファクトリーを設立し、現在代表理事。
「すべての人が居場所と仲間を持って心豊かに生きる社会」の実現を使命に、NPO・市民活動・サークル向けのマネジメント支援サービスを多数提供。セミナー・イベントの参加者は5,000名を超え、毎年約100団体の個別運営相談にのっている。コミュニティ塾主宰。コミュニティキャピタル研究会共同代表。血縁・地縁・社縁などコミュニティとつながりが希薄化した現代日本社会に対して、新しいコミュニティのあり方を研究し、挑戦を続けている。

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