ソーシャルビジネス・トピックス第14回 社会的インパクト評価②
~日本における社会的インパクト評価の現状と課題~

執筆者
日本ファンドレイジング協会
常務理事兼事務局長/社会的インパクトセンター長 鴨崎 貴泰

第2回となる今回は、日本における「社会的インパクト評価」の現状と課題について、評価が先行している英国の状況とも比較しながら整理する。

■事業者の評価の現状

日本の非営利セクターを対象としたアンケート調査※1によると、8割を超える組織(事業者)が事業のアウトプット(活動結果)を評価しているが、アウトカム(効果)まで評価している事業者は3割にとどまっている(図表1)。
参考として、英国のNPC(New Philanthropy Capital)が、1万ポンド以上の収入があるチャリティ(公益的な活動等を行う組織)を対象に実施した2012年の調査では、何らかの形で「インパクト」を評価している団体は75.5%に上っていた(図表2)。したがって、日本における社会的インパクト評価の実施状況は英国に比べて大幅に遅れているといえる※3

図表1 日本の非営利セクターの評価の実施状況
図表1 日本の非営利セクターの評価の実施状況※2

図表2 (英国NPC調査)事業の「インパクト」の評価の実施状況
図表2 (英国NPC調査)事業の「インパクト」の評価の実施状況※4

また、日本において何らかの評価に取り組んでいる事業者の4割が、過去5年で評価を強化していると回答している。他方、NPCの調査では7割以上の団体が「強化している」と回答している(図表3)。

図表3 法人種別 評価の実施動向
図表3 法人種別 評価の実施動向※1

また、上記で評価の取組みを「強化している」と回答した団体に主な理由を尋ねたところ、「事業の活動結果・効果の可視化」と「事業のサービスの向上」が大半を占めており、「資金提供者の要求の変化」と回答した組織は1割に満たず、同様の調査で、5割以上の組織が資金提供者の要求の変化に応じて評価の取組みを強化していると回答している英国と大きな差が生まれている(図表4)。

図表4 法人種別 評価を強化している理由
図表4 法人種別 評価を強化している理由※1

また、評価の実施方法に関する調査においても、ロジックモデル(前回を参照)等を使用している組織は1割に満たず(図表5)、評価デザインについても、before-after(事前事後)比較※5といった簡易的な手法の利用率でも3割程度にとどまっており、ランダム化評価(RCT)※6やSROI(社会的投資収益率)※7を実施している組織はほぼ見られない(図表6)。
このように、日本の非営利セクターでは、アウトカム評価を含む社会的インパクト評価は、まだ浸透していないのが現状である。

図表5 法人種別 評価ツールの使用状況(複数回答)
図表5 法人種別 評価ツールの使用状況(複数回答)※1

図表6 法人種別 評価手法の使用状況(複数回答)
図表6 法人種別 評価手法の使用状況(複数回答)※1

■社会的インパクト評価の推進に向けた課題と対応策

このような日本の現状を踏まえて、前述の内閣府の社会的インパクト評価ワーキング・グループでは、「社会的インパクト評価にかかる課題と対応策」を以下のようにまとめている※1
ここでは、重要なポイントを紹介し、解説する。

課題1:事業者、資金の提供者など評価の担い手による社会的インパクト評価の「意義や必要性に対する理解の不足」

【対応策】

   ① 社会的インパクト評価推進に関するプラットフォームの立ち上げと評価普及を目的としたシンポジウムの開催

     社会的インパクト評価に関わる事業者、資金提供者、中間支援組織、専門家、行政などが集まり、日本で社会的インパクト評価を推進していく上で必要な施策について議論し、実行を主導するプラットフォームの立ち上げが必要である。また、評価の必要性や意義・効果等を広くPRするシンポジウムを定期的に開催する必要がある。

   ② 制度的なインセンティブの構築

     資金提供者である助成財団や金融機関、行政などが、成果評価を行う団体に優先的に資金提供を行うなど社会的インパクト評価の実施がメリットとなるような制度的なインセンティブを構築する必要がある。

課題2:社会的インパクト評価の「手法に対する理解の不足」

【対応策】

   ① 評価事例(ベスト・プラクティス)の蓄積とピア・レビュー(※)の実施による知識の共有化
※ 研究者仲間や同分野の専門家による評価や検証の仕組み

     現在、日本では社会的インパクト評価の実践事例は極めて限られている。したがって、評価の実践を積み重ね、これを広く共有することで、評価のノウハウを普及させる必要がある。

   ② 「ロジックモデル」や「変化の理論(セオリー・オブ・チェンジ)(※)」等の基本ツールの手引書の整備

※ 活動の必要性からアウトカム、インパクトまでの道筋やプロセスを示したもの。ロジックモデルとの違いは、最終アウトカムへと導くためのより広範なステップを捉え、それらの複雑な因果関係をより体系的に図式化したり、なぜ変化が生じるのかをより詳細に説明する傾向がある。

     社会的インパクト評価の重要な要素である「ロジックモデル」、「変化の理論」等の基本ツールの日本語で書かれた分かりやすい手引書が充実していないため、整備が必要である。

課題3:社会的インパクト評価を行うための標準的な手法や指標などの「手段(ツール)の不足」

【対応策】

   ① 分野ごとの指標集や標準的な手法の開発と知見集約

     就業支援、教育、医療などの分野ごとに共通するアウトカム指標集や測定方法を開発・利用する必要がある。また、それら社会的インパクト評価に関する知見を集約し、情報発信する評価専門のポータルサイトの立ち上げも必要である。

課題4:評価の手法を発展させるための土台となる用語の定義の混乱や参考となる海外文献の日本語訳の不足といった「基礎的な情報の未整備、資料の不足」

【対応策】

   ① 評価に関する用語の邦訳と定義の明確化等

     評価の研究者を中心に、評価に関する用語の定義の明確化や海外の先行文献のリスト化と主要文献の邦訳化を進める必要がある。また、社会的インパクト評価に関する専門的な知見の醸成・集約を目的とした「学会」等の創設も必要である。

   ② 行政による「オープンデータ化」

     社会的インパクト評価の際、行政に蓄積されている社会調査等のデータを活用できるようにするオープンデータ化を進めることが非常に重要である。

課題5:評価を実施する人材、評価実施を支援する人材の不足といった「評価人材の不足」

【対応策】

   ① 評価の担い手の育成を目的とした講習会の開催や評価支援措置の構築

     社会的インパクト評価を実践できる専門性をもった評価者の育成と合わせて、NPO等の団体内にも評価の知見をもち、ある程度の評価の実践ができるスタッフを育成していくことが必要である。そのためにも、評価の講習会を行っていく必要がある。また、評価に取り組もうとする団体に伴走して支援を行う中間支援組織などの機能強化も必要である。

課題6:「評価コストの負担や支援の在り方」

【対応策】

   ① 評価の実施コストを支援するための仕組みの構築

     団体が評価に取り組もうとした際、阻害要因となる評価コストを助成財団や行政が負担するような支援の仕組みが必要である。一方で、【課題3】対応策で記載した、分野ごとの標準的な指標集や測定方法の作成により評価コストを低減することも必要である。

以上が、現状の日本における社会的インパクト評価にかかる課題と対応策である。
最終回となる第3回では、日本で社会的インパクト評価を推進するために、具体的に動き出した取組みの最新状況と今後の展望について述べる。

※1 G8社会的インパクト投資タスクフォース国内諮問委員会 他(2016)「日本のソーシャルセクターにおける社会的インパクト評価の実施状況」

※2 G8社会的インパクト投資タスクフォース国内諮問委員会 他(2016)「日本のソーシャルセクターにおける社会的インパクト評価の実施状況」P5図表6を元に筆者作成

※3 NPCのレポートでは、「インパクト」を「事業により生じた変化の総体」と定義しており、本稿における「効果」より上位の概念に当たるものと考えられる。そのため、直接的な比較は難しい。

※4 共助社会づくり懇談会 社会的インパクト評価検討WG第1回使用(資料1)

※5 事業実施前・後の指標値を比較し、差を見ることで、事業実施の効果について検証を行う評価デザイン。

※6 事業の実施前に、事業の実施対象となりうるグループに対して、無作為割付により実施するグループと実施しないグループに分け、それを比較し、差を見ることで、事業の効果について検証を行う評価デザイン。

※7 NPOやソーシャルビジネスのパフォーマンスを評価する手法。通常の投資判断に用いられるROI(Return On Investment:投資収益率)が経済的価値のみで評価するのに対しSROIでは、経済的価値に加え、社会的価値も含めて評価し、事業によって創出される社会的価値を貨幣換算した結果と、その価値を創出するために投じられた費用とを比較することで算出する。

≪執筆者紹介≫
鴨崎 貴泰(かもざき よしひろ)

日本ファンドレイジング協会 常務理事兼事務局長/社会的インパクトセンター長
1978年生まれ。千葉大学園芸学部緑地環境学科卒業。グロービス経営大学院卒業(MBA)。
環境コンサルティング会社を経て、2009年公益財団法人信頼資本財団に設立時より参画し事務局長を務め、社会起業家に対する無利子・無担保融資事業やNPOのファンドレイジング支援事業を行う。
2013年に信頼資本財団を退職後、2014年NPO法人日本ファンドレイジング協会へ入職し、現在に至る。
SIBの日本導入やSROIによる社会的インパクト評価などに従事。他、平成27年度共助社会づくり懇談会社会的インパクト評価ワーキング・グループのアドバイザーを務める。

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