ソーシャルビジネス・トピックス第9回 高齢者介護ビジネスの現状と課題③

執筆者
KPMGヘルスケアジャパン株式会社 取締役・パートナー 松田 淳

■事業強化、事業拡大、新規参入への示唆
 ~求められる自社展開領域、展開地域の見極め~

高齢者介護サービス事業での事業戦略を考えるにあたっては、まずは自社の持てる経営資源と顧客属性を冷静に評価・分析し、自社(買収を含む)で展開すべきサービス領域を明確にするとともに、他社との事業提携、ないしは緩やかな提携・連携といった形で展開する領域を決める必要がある(図表1参照)。

【図表1 事業モデル検討の枠組み】

図表1 事業モデル検討の枠組み

第1回で述べたように、一人の要介護者に対する介護サービスの提供についても、ケアマネージャーやサービス事業(訪問介護、デイサービス、小規模多機能など)の立場で、複数の事業体が関わっており、これを一社で完結することには現実的でないと言わざるを得ない。また、わが国の場合、介護保険制度のもと、介護サービスの事業モデルが極めて細分化されており、個別の介護サービス毎にマネジメント手法や運営ノウハウが大きく異なるため、現在展開している介護サービスのノウハウが新たな領域で活用できるとは限らない。事実、業界のこれまでの歴史においても、大手事業者を含めて複数のサービスを手掛けた事業者が、必ずしもすべてのサービスラインで成功を収めてきているわけではない。
一方、他社と提携・連携を進めるにあたっては、責任関係が不明確な連携や個人任せの連携では不十分であり、組織的な関係を構築し、サービスを統合的に提供する体制を構築する必要がある。医療・介護業界においては、意識が高く責任感の強い専門家である個人が、医療と介護、病院間、病院と診療所、介護サービス間の連携関係を支えている。こうした連携は極めて重要であり、かつ尊重すべきものであるが、これらの個人や組織に対する組織的バックアップ、システム的支援、場合によっては明確な契約関係が必要である。これらがないと、前回紹介したケアマネージャーのインタビューにあるように「提供サービスに一体性がない」、「利用者情報の共有が行われていない」状態になってしまう。
また、事業展開地域や展開予定地域における、人口動向、介護サービスの供給状況といった外部環境、他の医療機関や介護事業者のサービス提供内容や財政力といった競合環境の分析も重要である。高齢化の進展によって介護サービスに対するニーズは増加するとはいえ、介護保険制度導入から15年を経て、介護サービスを提供する基本的なインフラとなるべき事業者は、過疎地域を除き全国的に整備されたと言ってよい。近時は、自治体の事業所開設許可方針や競合企業の展開状況によって、サービスの供給がニーズを上回っている地域も存在している。なお、展開地域の分散は、事業上の大きなリスクである。介護サービスのマーケティング手法としては、ケアマネージャーや地域住民の口コミが極めて有効であり、マスマーケティングは適さない。したがって、過度の地域分散はマーケティングの非効率化とコストアップを生み出すことになる。

■まとめにかえて

高齢者介護ビジネスを含むヘルスケア分野は、国内における数少ない成長産業として、国家戦略的にも、企業戦略的にも大いに着目されている。この状況は、わが国特有のものではなく、世界各国共通の状況である。先進国、新興国を問わず、各国政府はヘルスケア産業の国内での育成のみならず輸出にも積極的である。21世紀のプラント輸出の中心は、ヘルスケア産業になるとすら言われている。
こうした状況の中、わが国の高齢化は他国に類をみないスピードで進んでいる。高齢化率は、2000年に先進各国の水準を抜いて世界最高水準となり、今後も他国を大きく上回る水準で推移することが見込まれている(図表2参照)。つまり、高齢社会のもたらす課題、すなわち超高齢社会における新たなライフスタイルの確立、持続可能な社会保障制度の整備、介護サービスの提供者や提供システム(ロボットを含む)の確保、といったことに対する解は、世界のどこにも存在せず、わが国が先駆けてかかる問題に取り組み、規範となるべき解決策を見出さなければならないのである。そして、まさにその最先端に立っているのが、高齢者介護ビジネス事業者なのである。高齢者介護ビジネス事業者が、不断の努力によって、革新的な技術力と斬新なマネジメント能力、すなわちイノベーションを生み出し、21世紀の新しい産業を創造することを願って止まない。

【図表2 高齢化率の推移】

図表2 高齢化率の推移 日本vs欧米

図表2 高齢化率の推移 日本vsアジア諸国

≪執筆者紹介≫
松田 淳(まつだ じゅん)

KPMGヘルスケアジャパン(株) 取締役 パートナー
早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。医療関連企業、医療機関、介護事業者、シニアリビング事業者を含むヘルスケア産業に関連する事業体の戦略立案、投資・ファイナンス、事業再編、事業再生に関するアドバイザリーサービス、投資家・金融機関に対するヘルスケア関連の投融資に関するアドバイザリーサービスに従事。KPMGヘルスケアジャパン(株)に参画以前は、日本長期信用銀行に6年間の米国駐在を含めて13年勤務、トレーディング、ストラクチャードファイナンス、コーポレートリストラクチャリング、M&Aなどの分野を担当。

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