ソーシャルビジネス・トピックス第8回 高齢者介護ビジネスの現状と課題②

執筆者
KPMGヘルスケアジャパン株式会社 取締役・パートナー 松田 淳

■高齢者介護ビジネス事業者の課題と事業機会~激変する事業環境~

高齢者介護ビジネス事業者は、今後大きな二つの顧客属性の変化に直面する。一つは、団塊の世代の顧客化である(図表1-1参照)。団塊の世代は、今後20年程度かけて段階的に介護事業者の中心的な顧客、すなわち80歳代となっていく。彼らは、現在の後期高齢者とは大きく異なるライフスタイルを有しており、現在提供されている介護サービスの内容・品質では満足しないと考えられる。
もう一つは、超高齢社会の進展に伴う医療・介護サービスの必要性の高い高齢者の急増である。死亡者数は、高齢化により著しく増加しており、現在、年間130万人あまりとなっているが、2030年には160万人に達すると試算されている(図表1-2参照)。前回述べたように病床数の増加が想定できない状況においては、終末期ケアを含む重度の要介護者、医療依存度の高い利用者に対応できるサービスに対するニーズは急増する。こうした顧客属性の変化は、これまでとは違った、まったく新しい事業モデルやビジネスチャンスを生み出す可能性がある一方、こうした変化に対応できない事業者は存続が難しくなるであろう。

【図表1 顧客属性の変化】

図表1 顧客属性の変化 1-1 高齢者人口の年齢帯別増減

図表1 顧客属性の変化 1-2 年次死亡者数と死亡場所

次に、介護事業者は、品質と効率性の高いサービスを提供することを目的として、さまざまな介護サービスおよび医療と介護サービスを統合的に提供する体制の構築を求められる。サービスの統合的提供は、地域包括ケアシステムの目指す方向性でもあるが、その背景には、「医療・介護サービスの統合的提供はサービスの質と効率性を共に高める」という日本のみならず世界的に共通した考え方が存在する。しかしながら、現在の日本の状況は、全国に介護サービスを提供する基本的なインフラが整備されたという段階にはあるものの、サービスが統合的に提供される体制には至っていない。この点は、弊社が実施した介護サービスの利用者やケアマネージャーに対するアンケート調査の結果からも明らかである(図表2参照)。
アンケート調査においては、サービス提供を複数事業者が行っている場合のみならず、同一事業者が複数のサービスを提供している場合においても、「提供サービスに一体性がない」、「利用者情報の共有も行われていない」、「サービスの質向上や効率化に繋がっていない」との意見が多くみられた。地域包括ケアは、現時点では誰も成功していない、ヘルスケアサービスのフロンティア、事業機会であると考えておくべきであろう。

【図表2 ケアマネージャーの複合的サービス提供に対する評価】

図表2 ケアマネージャーの複合的サービス提供に対する評価

図表2 ケアマネージャーの複合的サービス提供に対する評価

ところで、サービスの統合のためには、情報インフラの強化、構築が必要である。ケアマネジメントを高度化しサービスの統合的な提供を実現するには、データの電子化とそれに基づく分析が極めて有効である。手書きのケア記録や経験値のみでは、分析に膨大な時間を要するのみならず、そもそも高度な分析を行うことに限界がある。ヘルスケア分野におけるICT活用は、時として医療セクターの課題と言われることがあるが、介護・看護、健康管理、生活管理といった分野にこそICT活用の大きな可能性が秘められているのではないか。
また、事業者としては、介護保険給付が抑制されていく中、介護保険外サービスについての事業機会を追求する必要がある。米国の高齢者施設・住宅業界においては、業界創成期の80年代にMedicare、Medicaidといった公的保険収入を主な収入源とするスキルド・ナーシング1が発展した後、90年代にはいってからスキルド・ナーシングは政策的に削減方向となり、その一方でアシステッド・リビング2という公的保険収入を一切収入源としない事業モデルが発展した。これは、ヘルスケアサービスが、公的保険領域からスタートしつつも、公的保険領域の拡大が抑制される中、その領域を超えて事業拡大を果たし、住宅サービスや食事サービス等ホスピタリティサービスといったヘルスケアサービスの外の業界と融合した例と言える。

  1. 一定数の高齢者に対して身支度、入浴、食事、服薬についての支援、医療機関への送迎などのサービスを提供する施設。
  2. 継続的な看護サービスを提供する施設。ただし、公的給付範囲の削減が続く中、リハビリの提供による在宅復帰機能が強化される傾向にある。

ところが、わが国においては、介護保険外収入と保険収入を融合し、事業として成功した例はあまりみられない。敢えて言えば、高齢者施設・住宅事業は、若干米国の状況とは異なるものの、食費、居住費に加え、上乗せ介護費用など介護保険外のサービスを取り込んでいるが、在宅介護やその他事業分野においては、各社ともに保険外収入を得ることにはかなり苦戦している。一般的には、介護事業者は、保険外のサービスを提供し事業化することは得意でないと言えるかもしれない。
その原因としては、介護保険外サービスが、介護保険サービスとはビジネスモデルが全く異なることをあげることができる。たとえば、介護保険サービスは、乱暴に言えば個別の提供サービスの内容、単価は事業者間で変わらないが、保険外サービスはサービス内容、価格ともに自由な市場であり、競争原理も異なる。事業者は、こうしたビジネス特性の違いを理解し、介護保険外の事業領域を自社のみで手掛けていくのか、あるいは異業種との連携、場合によっては統合によって展開するのかを検討しなくてはならない。

≪執筆者紹介≫
松田 淳(まつだ じゅん)

KPMGヘルスケアジャパン(株) 取締役 パートナー
早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。医療関連企業、医療機関、介護事業者、シニアリビング事業者を含むヘルスケア産業に関連する事業体の戦略立案、投資・ファイナンス、事業再編、事業再生に関するアドバイザリーサービス、投資家・金融機関に対するヘルスケア関連の投融資に関するアドバイザリーサービスに従事。KPMGヘルスケアジャパン(株)に参画以前は、日本長期信用銀行に6年間の米国駐在を含めて13年勤務、トレーディング、ストラクチャードファイナンス、コーポレートリストラクチャリング、M&Aなどの分野を担当。

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