ソーシャルビジネス・トピックス第6回 ソーシャルビジネスと経営戦略③
~ 事業のインパクトをどう高めるか ~ ー共感は経営資源ー

執筆者
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 副主任研究員 水谷 衣里

ソーシャルビジネスと経営戦略、最終回となる第3回は、事業のインパクトをどのように高めるか、そして、より早く、より多くの課題解決をどう実現するかを考えたい。
まずは、2つの事例を見てみる。

■クラウドファンディングを通じた支援者の可視化 ~メコンブルーの事例から~

筆者が愛用しているシルクのストール。カンボジアの最貧困地域の一つ、ストゥントレンで、現地の女性の手により織られたものだ。柔らかな質感と美しい光沢が魅力のこのストールは、「メコンブルー」のブランド名で知られ、日本ではNPO法人ポレポレが、その流通を担っている。

<光沢と色合いが魅力のストール>   <工房で働く織り手の女性たち>
<光沢と色合いが魅力のストール>   <工房で働く織り手の女性たち>

日本で流通が始まったのは2013年。メコンブルーブランドを知人から聞いたポレポレの創業者の男性は、その美しさと、織り手である現地の女性の仕事に対する真摯な姿勢に感銘を受け、日本での販売・流通を担い、現地の雇用を創出することを決意する。
しかし、品質は確かであっても日本における知名度は低いうえ、値段も2万円程度と決して安くはない。また、現地に長期的な雇用を生み出すためには、メコンブルーを長く愛されるブランドに育てる必要がある。そこで、創業者が考えたことは、織り手の女性たちのライフヒストリーや細やかで美しい手仕事の様子を収めたブランドブックを作り、ストールが生み出されるまでのストーリーを買い手に伝えることだった。
ブランドブックの作成に必要な資金は、クラウドファンディング1を通じて集めた。同時に、オンラインメディア"greenz."を通じて、この製品の優美さや、メコンブルーを立ち上げた元難民でもある女性創業者、チャンタ・ヌグワンさんのストーリーを伝えていった。
メディアを通じて「伝える」こと、そして、クラウドファンディングを通じて「呼びかける」こと。この両軸を組み合わせて取り組んだ結果、最初のクラウドファンディングで、205名から219万円の支援を受けることができた。

  1. インターネットを介して不特定多数の個人等から資金を集めること。

■得意を集めて強みを作る ~futacolabの取り組みから~

口の中に入れた瞬間、ホロリとくずれ優しい甘さが広がる焼き菓子"HORO HORO"。世田谷の地域ブランド"futacolab"(フタコラボ)が生み出したオリジナル商品である。
焼き菓子のレシピは、日本を代表するパティシエ辻口氏がプロデュースするロールケーキ専門店「自由が丘ロール屋」で修業を積んだパティシエが開発。焼き菓子の製造・梱包・発送は、世田谷区内の社会就労センター「パイ焼き窯」が担う。

<美味しさと美しさが魅力の焼き菓子HORO HORO>   <福祉作業所で一つひとつ丁寧に作られている>
<美味しさと美しさが魅力の焼き菓子HORO HORO>   <福祉作業所で一つひとつ丁寧に作られている>

焼き菓子HORO HOROのもう一つの特徴は、鮮やかで大胆な色使い・筆使いが魅力のアートカードと、美しいしつらえを施したパッケージデザインである。
アートカードに描かれた鮮やかな絵は、世田谷区在住の障がい者アーティスト、おがたりこさんの手によるものだ。紙は、世田谷福祉作業所で作られた手すきのものを使用している。また、アーティストとして活動するおがたさんの他にも、世田谷福祉作業所に通う十数名の障がい者が描いた作品を、区内在住の3名のデザイナーがアレンジしたカードもある。
これらのアートカードを商品に添え、区内に住むデザイナーが季節や用途に応じてパッケージをデザインし、受注生産により販売している。
同商品は、第1回で紹介した「キラ星応援コミュニティ部門」を通じて出会ったメンターの支援も受けて、世田谷区二子玉川地域の大規模商業施設「二子玉川ライズ」の竣工祝賀会、竣工慰労会のノベルティとしても採用された。美味しさと美しさ、そして、多様な人が関わる過程が共感を生み、地域発の一つのブランドとして成長を遂げつつある事例だと言えよう。


■「共感」は経営資源

この二つの事例から学ぶべきことは、何だろうか。それは、ソーシャルビジネスにとって共感は経営資源だ、ということである。
メコンブルーの場合は、商品のクオリティの高さが群を抜いている。創業者の男性は、「ストーリーを伝えれば必ず売れる」と考え、クラウドファンディングに挑戦した。集まった支援者は、ポレポレが制作したブランドブックや、クラウドファンディングに当たって準備されたウェブサイトを通じて、織り手の想いや細やかな工程を知る。これが結果としてファンの拡大につながり、事業者にとってはサポーターの存在を実感することに繋がった。
そして、この美しいストールは、作り手の物語と共にバイヤーの目にも留まり、今秋からは、都内近郊の百貨店における常設販売がスタートすることとなった。
一方、futacolabの場合は、商品開発の過程そのものにおいて、コンセプトへの共感が軸となっている。HORO HOROは、季節や用途に応じてアートカードやパッケージの工夫を行い、ギフトとしての利用シーンを提案している。それを可能としているのは、障がい者アーティストとデザイナーの存在である。また、地域に住むパティシエがレシピ開発に協力し、区内の社会就労センター「パイ焼き窯」が製造を担うことにより、美味しさを追求しながら就労の機会も創出している。
福祉作業所で製造される焼き菓子は多数あるが、パッケージデザインなどの訴求力や供給力の問題、また、販売チャネルが限られるなど、商品としての競争力に乏しいケースも多い。
それに対して、futacolabブランドは、取り組みに共感するパティシエやデザイナー、福祉施設などがコラボレーションし、それぞれの「得意を集める」ことで、商品を生み出している。
futacolabを立ち上げたデザイナーの男性は、これまでの福祉作業所の商品に対して、違和感や不足感を抱いていたという。しかし、その違和感や不足感は、彼だけが抱いているものではなかった。だからこそ、美味しさと美しさ、そして社会性もある商品を世に送り出そうというチャレンジは共感を呼び、結果として、パティシエやデザイナー、福祉施設などのコラボレーションが生まれたのだと考えられる。


■事業のインパクト拡大に向けて

事業には、適切な規模がある。拡大を図ることが、必ずしも良いこととは言えない。しかし、より早く、より多くの社会課題を解決するためにも、本質的な課題解決に繋がるよう留意しつつ、一定の規模まで事業を成長させて、事業のインパクトを高めていくことは重要だろう。
では、どうしたら事業のインパクトを高めることができるだろうか。重要なポイントの一つとして、事業性や発信力を高めることが挙げられる。そして、それを実現する上で、共感という経営資源は、重要な役割を果たす。共感は、必要な支援者を引き寄せる効果があり、事業上のハードルを越えるために必要なビジネスパートナーを発掘し、支援者を通じて、商品やサービスに関する情報が拡散されるきっかけを創出する。事業性を高め、発信力を磨き、共感者を増やしていくことは、結果として、社会課題の存在そのものを知らしめ、共に社会課題解決に取り組む人を増やす効果を生んでいくのである。
魅力を発信しながら、共感の輪を広げ、より良い商品をつくり、生産過程を通じて雇用を生むこと。あるいは、課題の当事者以外の共感者が、事業を通じた社会課題の解決に参画する機会を生み出すこと。そして、こうしたプロセスそのものを通じて、社会課題の解決を推し進め、課題そのものを我が事として考える人を増やしていくこと。そうした取り組みが、ソーシャルビジネスの経営には求められていると言えよう。

≪執筆者紹介≫
水谷 衣里(みずたに えり)

民間による公益活動の基盤整備や社会的投資の推進に関する政策立案やコンサルティング業務に従事。当該分野のスぺシャリストを目指し研鑽しながら、個人としても現場の市民活動・ソーシャルビジネス支援に関わり続ける。東京工科大学特任講師、あいちコミュニティ財団評議員、公益信託世田谷まちづくりファンド運営委員、社会起業塾イニシアチブコーディネーター。公益社団法人チャンスフォー・チルドレンアドバイザー、等。

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