ソーシャルビジネス・トピックス第5回 ソーシャルビジネスと経営戦略② ~ 事業性の維持・向上 ~
―社会課題の持続的な解決を可能にするためにー

執筆者
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 副主任研究員 水谷 衣里

第1回のコラムでは、「事業の軸の定め方」として、メンターやアクションリサーチの重要性について述べた。第2回は、ビジネスを通じて社会課題の解決を持続的に行うために欠かせない、"事業性の維持・向上"について、特に中小企業支援施策の活用という観点から述べてみたい。

■ソーシャルビジネスと事業・経営

事業性をどのように維持・向上させるか。"事業"や "経営"という視点に立てば、ソーシャルビジネスと言えども、その考え方は通常のビジネスとほとんど変わらない。「人・モノ・カネ」をどのように活用するか。そして、生み出した商品やサービスを、それらを必要としている人にいかに素早く、適切に、かつ正確に届けるか、ということに尽きるだろう。

■ソーシャルビジネスは支援の対象外?-下がりつつある垣根-

では、ソーシャルビジネスを事業として経営する上で、ビジネスのあり方や、販路の拡大、資金繰りや情報の届け方などに迷った時は、どうすれば良いか。こうした悩みの解決には、既に多くある中小企業支援施策の活用を考えたい。
一口に中小企業支援施策と言っても、我が国には実に様々な支援メニューが用意されている。一般的な経営サポートや、融資・保証等の金融支援策、税制・会計といった財務サポート、創業支援などが挙げられる。
相談・情報提供機能を担う中小企業支援機関は日本全国に設置されており、支援メニューも細かく、専門の相談員も存在する。ただし、こうした支援機関の多くは、NPOやソーシャルビジネスといった社会課題の解決に取り組む事業者を、自らの支援対象の枠外だと捉えてきた側面がある。実際、筆者も公的な中小企業支援機関へのインタビューを通じて、NPOやソーシャルビジネスとの関係性は無い、地域内でも顔をあわせる機会や繋がりがなかなか生まれないという意見を、何度も耳にしてきた。
しかし、垣根は下がりつつある。その理由は、①まだまだ数は少ないものの、事業規模の大きなソーシャルビジネス事業者が登場してきたことや、②NPOやソーシャルビジネスという言葉が曲がりなりにも認知されてきたことに加えて、何よりも、③産業構造の変化1や人口動態の変化が表面化しつつある中で、地域産業全体に地域資源の活用や、地域住民のニーズに照らした商品・サービスを提供することが求められており、法人形態や、社会性を第一義に置くか否かといったことは、相対的に小さな差異になってきていることが挙げられる。その結果、地域課題に取り組む事業者への支援が自然と行なわれるようになってきたと考えられる。

  1. 例えば、80年代には中心産業だった製造業の従業者の減少、サービス業や医療福祉をはじめとする他業種の雇用吸収力の増加などが挙げられる。

■NPO・SB向け信用保証の拡大は、政策的な意思の表れ

ここ最近のトピックスで言えば、2015年10月1日に、NPO法人の信用保証制度の利用が解禁された。信用保証制度とは、中小企業・小規模事業者が金融機関から資金を借り入れる際、信用保証協会が保証を行うことにより、借入れを行いやすくする仕組みだ。
もちろん、借り入れであることから、利用に当たっては、事業者側に返済能力があることが大前提になる。しかし、中小企業と同様に、地域の経済や雇用を担うNPO法人が現れつつあることを踏まえた改正であり、事業型NPO・ソーシャルビジネスのすそ野の拡大を、中小企業支援の一環として支えていこうという姿勢が、政策的に表れた結果だと言えよう。

■公的な中小企業支援機関が取り組むソーシャルビジネス支援

公的な中小企業支援機関の中には、ソーシャルビジネス事業者と一般の中小企業とを分けることなく支援を行う例もある。例えば、愛知県岡崎市にある岡崎ビジネスサポートセンター(通称:OKa-Biz)。2013年にオープンした比較的新しい中小企業支援機関で、初年度には1,400件、2年目には2,000件近い個別経営相談を受ける、まさに「行列のできるビジネス相談所」である。OKa-Bizでは、法人形態に関わらず経営相談を受けており、中小企業・小規模事業者の売上アップに特化した支援を行っているという特徴がある。

<個別経営相談では事業者の声に耳を傾ける>   <事業改善に直結するセミナーも常時開催されている>
<個別経営相談では事業者の声に耳を傾ける>   <事業改善に直結するセミナーも常時開催されている>

Oka-Bizでの実際のソーシャルビジネスの支援例を見てみたい。例えば、LGBT1 (性的少数者)のQOL 2向上を目指す「on the Ground Project」への支援。同プロジェクトは、LGBTの当事者である男性が立ち上げたもので、以前から企業に対して、LGBTフレンドリーな商品・サービスの開発に向けたコンサルティング・研修や講演等を行ってきた。しかし、特に中部エリアでは、営業先や導入先企業の開拓に苦戦していたという。そこで、同社はOka-Bizの個別経営相談を利用。Oka-Biz側の複数回にわたる継続的な支援の結果、「on the Ground Project」では二つの側面から成果を得ることが出来た。
一つは、新たな営業先の獲得である。具体的には、Oka-Bizが地元金融機関の担当者や自治体関係者を同社に繋げ、その結果、金融機関関係者から取引先企業の紹介を受けることが出来た。もう一つは、企業向け営業提案における、メッセージ面での抜本的な改善である。「国内人口の7.6%がLGBT当事者だと言われている中で、"LGBTフレンドリーな商品・サービスを提供することは、事業者にとって売上アップに繋がる"、"LGBTフレンドリーな会社には良い人材が集まる"というメッセージを、企業営業に際しては明確に打ち出すべき」というOka-Biz側の声に後押しされて、「on the Ground Project」では、営業面での打ち出し方やプレスリリースの際のメッセージを、全面的に見直すことになったという。
「Oka-Bizでの経営相談は、自分でも何となく問題意識として感じていたことを再認識する機会になった」と相談者は話す。また、「LGBTの当事者であるからこそ、"LGBTで売上アップ"というメッセージを発することにためらいを感じていた」とも言う。しかし、経営相談を経て、自らの事業の芯にある価値を再認識し、事業として確立させるためには、何をメッセージとして打ち出すべきか、明確につかむことが出来たという。そして何より、「これでいける」とOka-Biz側から背中を押されたことが、ためらいを払しょくし、改善を進めるモチベーションになったという。

<企業向け研修の様子>   <Web制作会社に対するコンサルティングセッション>
<企業向け研修の様子>   <Web制作会社に対するコンサルティングセッション>
多目的トイレの案内表示を考えることを通じ、
LGBTの基礎知識を身につける。
  1. LGBTとは、レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーの頭文字を取った総称であり、セクシャルマイノリティ(性的少数者)を指す言葉。
  2. Quality of life(クオリティ・オブ・ライフ)の略。QOLの向上とは、生活の質、特に自分らしく、人間らしい生活を送り、人生の幸福を見いだすことを追求し、それらを高めることを言う。

■試される支援者側の力量と、求められる事業者側の試行錯誤

上述したように、残念ながら全ての公的な中小企業支援機関で、ソーシャルビジネス支援が行われているわけではない。また「事業の真のセールスポイントをつかみ、必要なアドバイスを行う」ことは、容易ではない。目の前の経営課題の解決に悩む中小企業・小規模事業者は、相談先で納得感のあるアドバイスが得られなければ、改善に取り組む意欲を持てないだろう。つまり、成果を出せるポイントがどこにあるのかを具体的に提示するなど、支援者側の力量も問われる。
さらには、アドバイスをもとに実行に移しても、それが形になり結果が出るまでには一定の時間が必要である。従って、支援者側には支援先への継続的なフォローアップが、事業者側には得られたアドバイスをもとに、試行錯誤することが求められる。
先の「on the Ground Project」に対する支援では、実際に複数回にわたる面談が行われていた。また、事業者である「on the Ground Project」側も、自ら営業ツールをバージョンアップさせ、営業の改善に取り組み、次の相談に臨んで更なるフィードバックを受けるなどの努力を行っていた。

■今ある支援策を"積極的に試す"

ソーシャルビジネスの強み。それは、商品やサービスを売ることを通じて、事業としての足腰を強くしながら、継続的に社会課題を解決できることにある。だからこそ、ソーシャルビジネス事業者の皆さんには、既にある多くの中小企業支援施策の中で、自らの事業に適した施策を「積極的に試す」ことを勧めたい。事業としての足腰を強くするために使える方策の一つとして、中小企業支援施策にも目を向ける。その結果、事業性が向上すれば、社会課題解決のスピードやインパクトはグっと増してゆく。
垣根は下がり始めている。基本的な事業支援の場面において、社会性の有無の区別に意味はない。次は、実際に支援制度を活用して成果を創出する実例を、一つひとつ生み出していく段階である。さまざまな支援制度や支援のための仕組みをフラットに眺め、個々の事業者にとって必要なものを選び、試してみる。そのような取組みを、無数につくり出していくことが必要とされている。

≪執筆者紹介≫
水谷 衣里(みずたに えり)

民間による公益活動の基盤整備や社会的投資の推進に関する政策立案やコンサルティング業務に従事。当該分野のスぺシャリストを目指し研鑽しながら、個人としても現場の市民活動・ソーシャルビジネス支援に関わり続ける。東京工科大学特任講師、あいちコミュニティ財団評議員、公益信託世田谷まちづくりファンド運営委員、社会起業塾イニシアチブコーディネーター。公益社団法人チャンスフォー・チルドレンアドバイザー、等。

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