ソーシャルビジネス・トピックス第3回 ソーシャルビジネス成功の秘訣

執筆者
株式会社キャリア・マム 代表取締役 堤 香苗

3回目の今回は、ソーシャルビジネスの成功の秘訣を、5つの視点から取り上げていきたいと思います。

1、志はあるか?

まず、ソーシャルビジネスは、社会的な課題(問題)を、ビジネスの手法で解決していく事業である、という基本をおさらいしましょう。つまり、自分の興味関心ではなく、社会的な課題かどうか、が、一番大切なポイントです。もちろん、それは、自分自身の問題意識という意味で、自分の興味も必要ですが、それよりも、社会的な課題(問題)が、今の現状と違う形で打破しなければ、未来の展望は考えられない、というケースの方が、大きく広がっていくので、成功する確率が上がります。他人事ではなく、社会全体が、その課題を「自分事」としてとらえられるようにすることが、必要になるのです。

このように、現状課題を解決する創業者の想いを『志』と表現します。つまり、ソーシャルビジネスには、志が必要だという事で、それは創業者個人の興味関心はもとより、事を興す個人の強みやキャリアにはあまり影響されない、ということです。だから、創業経営者や組織のトップに必要なのは、スキルやキャリアではなく、広く共感してもらえる『志』なのです。

2、共感するか?

次に、課題解決を目指した志があっても、それが広く共感しなければ、立ち上げたソーシャルビジネスは成功しません。共感する輪が大きく広がれば広がるほど、ビジネスとして成功します。そのためには、志が分かりやすく伝わる言葉で表現されていること、そして、それぞれの人が勝手な形で共感できるようなバッファーを有していること、が必要です。

イメージだけのカタカナ言葉や、長く専門的なキーワードでは、それを掲げたい人を制限してしまいます。とはいえ、「夢」、「希望」、「明るい未来」などのように、抽象的でイメージが大きすぎる言葉では、想いが右から左に流れてしまいます。通り一遍の言葉でもなく、しかし、特定の専門用語でもない、中学生レベルが理解できるぐらいの短い理念がいいですね。

そして、その志、理念が、それぞれの立場の方が勝手にそれぞれの形で共感できるかどうかも、成功のポイントです。あまりに具体的すぎると、「考えはいいけど、それは今の私にはできないわ」となり、共感の広がりがつながらなくなってしまいます。例えば、「子供たちの未来のために、それぞれがボランティアで勉強を教えよう!」では、「気持ちはわかるけど、別に塾の先生じゃないし、勉強を教える自信はないなぁ」になってしまいます。しかし、「子供たちの未来を切り開くために、学ぶ機会を創り出そう!」なら、学ぶ機会を作るためのボランティア活動だけでなく、そのための学ぶ場所の提供や、スタッフを支える事や、広報の協力や寄付など、いろんな形があるんじゃないか、と、考える事ができます。学び自体もいわゆるお勉強から、社会経験、コミュニケーション力、体力作り、生き物の世話など、それぞれの立場の人が、今ある資源を持ち寄って盛り上げる事ができそうです。事業の成功のために、どれだけ自分が打ち上げた「志」が、共感の輪を広げるか、というのは、大切なポイントなのです。

3、参加パートがあるか?

事業を行う時に一番面白い部分は、実は、お客様ではなく、参加者なのです。もちろん、ディズニーランドなどのような非常にうまく作りこまれたアミューズメント施設などでは異なるかもしれませんが、それでも、本当にその施設が好きになった人は、キャストという形でアルバイト応募してしまう、従業員として参加する、と言われています。大人の社会科見学などのように、一消費者から、工場見学ツアーで働く人や機械の仕組みを楽しむのも、作り手、提供側の裏の部分を一緒に体験する、という参加パートが面白いからなのです。みこしや祭りは、見るより担ぎ手の方が大変だけど面白い。少なくても、リピーターとして参加をするならば、いったん見たり体験したらおしまいの『お客様」ではなく、しんどいけれども、「自分の役割」がある「当事者」としていかに巻き込むか、なのです。例えば、AKB48の成功なども、ファンとして劇場に通って支えたオシメンが、アイドルとして人気者になってTVやメディアの露出が増える、CDを購入することで、CDデビューできるメンバーとして勝ち残る、という顧客としての参加パートがあるので、あれだけすそ野が広がったのだと思うのです。簡単に参加ができる形が、様々に用意されているか、が、成功の3つめのポイントです。

4、ゴールの形を決めすぎていないか?

ソーシャルビジネスは、新しいビジネス形態なので、従来型のビジネスのように、ゴールイメージが万人共通ではないケースが多々あります。つまり、従来のイメージでソーシャルビジネスのゴールをとらえていると、時として主要なメンバーの離反を招いたり、顧客から思いもよらぬ反発を招いたりします。また、昨今のIT技術の発達や社会問題としての人口問題や地域格差など、マーケティングが当初の予想から大きくずれる事で、ビジネスのアウトフレームを速やかに変化させていくことが、生き残りやトップシェアを獲得する鍵(KFS)ともなります。

従来のビジネスでは、ゴールの形を明確化し、トップダウン型で組織の目標を社員全員でいかに早く作り上げるかがKFSのポイントでしたが、私自身が様々なソーシャルビジネスの成功事例を見ていて、逆に作りすぎて決めすぎた事で、経営や組織運営の軌道修正がききずらくなり、ターニングポイントを逃したり、一時の成功の後に事業がしぼんでいくケースを見てきました。アメーバー経営ではありませんが、組織そのものだけでなく、ゴールの形も柔軟に変化させていき、事業の目的(志)を見失わなければ、なんでもあり!ぐらいのイメージの共有のみにとどめていった方が、事業の周辺(バッファー部分)での化学変化と人材の成長を得ることができると思うのです。

『ゴールはひとつではない』。事業経営の上では難しいポイントですが、多様な人材を活かすために、このような逆転の発想で組織を活性化していくことが、今後のソーシャルビジネス経営では大事なポイントとなります。

5、自分のビジネスから、みんなの事業へ変化していけるか?

先のゴールの多様化ともつながりますが、最終的に成功するソーシャルビジネスは、事業そのものが「自社」のものから「社会」のものへと変化することにあります。それは、ある部分利益相反になるケースもありますが、いわゆる一般企業とソーシャルビジネスの一番大きな違いになるかもしれない部分はここで、個社の利益優先だけでは、ソーシャルビジネスが広く社会的に成功することは難しいと言えるでしょう。社会には、実に様々な価値観と優先順位が存在します。また、生活水準や家族構成、学習経験のバックグラウンドや価値・信念、信条の異なる人たちが組み合わさって、ひとつの地域社会を運営しています。そのため、行政が行う「公共サービス」というきわめて平均的なサービス供給プログラムや、利益追求型の企業の商品やサービス提供から、もれてしまう方たちへのビジネス領域が存在することになるのです。貨幣価値は、それぞれの商品・サービス領域で変わるわけではありません。100円の商品やサービスは100円の対価で提供されます。これを、しくみを入れることで、経済価値と存在価値のギャップを埋めていくようにすることが最後の成功のポイントです。

つまり、狭い個社の利益追求レベルの考え方から脱し、直接それを必要としていない顧客でも、そのソーシャルビジネスを行う企業の理念に賛同し、自分はメリットがなくても、それを受けられない人の代わりに対価を負担したり、担い手として商品やサービス提供そのものに参加をしていく、ということがポイントなのです。例えば、キャリア・マムは、子育てや介護などで、外勤が難しい母親達が、ITとPCスキルを活かして各自宅で働くしくみがありますが、私たちに発注してくれる顧客(一般企業)は、このような理念に共感し、ある程度の発注メリットを感じてくれれば、通常よりも長めの納期に変更してくれたり、スキルトレーニングを顧客企業自らが担当してくれたりするわけです。経済原則から考えれば、より安く、より早く、下請け企業として厳しい要求をすることもできますが、共に地域の子育て中の母親たちや、介護で働く機会を失った主婦を応援したい、という気持ちを、キャリア・マムに発注することで、CSRの一環を担っているのだと思うのです。

このように、「個社」レベルから、社会課題の解決のための「みんなの事業組織」へと広がれば、当初の志をより広く浸透、実現していく可能性が広がるのです。そのために、後進としてそれぞれの地域で活躍できる担い手をゆっくりとしっかりと育てることは、先駆的にソーシャルビジネスを成功させてきた各企業、NPO組織の役目だと思うのです。私自身も、ここ数年、NPO法人役員や事務スタッフ向けの研修が増えてきており、それはこのような『強くしなやかな組織作り』のために何が必要か、ということに、それぞれの組織の担い手たちが気が付いてきたからだと思います。

以上のように、今回大きく5つのポイントをあげましたが、自分の志を体現する組織としての事業体を作る、と考えてみれば、成功するソーシャルビジネスのコツが皆様にもご理解いただけるのではないかと思います。是非、地域課題を解決するために、志を掲げ、一歩前に踏み出していただける事を期待しております。

≪執筆者紹介≫
堤 香苗(株式会社キャリア・マム 代表取締役)

早稲田大学卒業後、フリーアナウンサーとしてTV・ラジオのDJ、パーソナリティとして活躍。結婚しても、出産しても、仕事と家庭のどちらも大切に自分らしく働きたい女性たちを活用するビジネスモデルで「株式会社キャリア・マム」設立。女性の社会参加を支援するソーシャルマーケティング企業として発展。「女性のキャリア・アップ支援」「主婦ビジネスの実態」「ITビジネスの可能性 」等のテーマでの講演。「がんばる中小企業・小規模事業者 300 社」「平成 26 年度女性のチャレンジ支援賞」「慶應SFCアントレプレナーアワード 2006 プラチナ賞」等多数受賞。

著書に「おしゃべり力~主婦のホンネが常識を変える~」「マーケティングのしかけ」

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