ソーシャルビジネス・トピックス第2回 自社単独では難しい課題だからこそ、社会事業家との協働を

執筆者
IIHOE[人と組織と地球のための国際研究所]
代表者 兼「ソシオ・マネジメント」編集発行人 川北 秀人

「当社は規模が小さすぎて、NPOなどソーシャルビジネスを行う事業者(以下、社会事業家)と組める可能性はない」、「当社には社会貢献やCSRの担当はいないので、社会事業家との接点はない」、「当社の事業領域では、社会事業家との連携はありえない」。
もし、あなたがそう考えているとしたら、本当にもったいないことです。自社の成長の可能性を小さくし、課題解決のスピードを抑えてしまっている、と言わざるを得ません。
筆者は一昨年から、世界にも紹介されるべき、すばらしいビジネスモデルで社会の課題に挑む、日本の社会事業家たちに、少人数制の公開の場でお話を伺う、「社会事業家100人インタビュー」を続けてきました。伺ったお話の概要を、下記のリンク先に紹介していますので、ぜひこの機会にご一読ください。

http://socialbusiness-net.com/contents/news2351

売上が200億円に迫る有機・減農薬食材の宅配事業者、障がい者の就労と生活を統合的に支援する団体、託児・保育から放課後教育、自然体験まで、多様な子育て・子育ち支援団体、さらに高齢者の介護や、途上国との交流など、ひとつひとつの規模は決して大きくないけれど、しかし、少数でも重要なニーズに、事業として取り組み続けている社会事業家たち。企業や行政にとって、そんな「社会の課題に挑む事業家たち」との協働は、自分たちが抱えていても、単独では解決が難しい課題にこそ、意義や効果が期待できることがおわかりいただけるでしょう。

■製品・サービスの開発、人材育成から、家族の支援まで、自社の課題に挑むために

多くの人は、NPOをはじめとする「いいことをしている団体と連携・協働すること」は、「その団体が行っている事業に協力し、困っている人を助けること」、つまり、慈善的な社会貢献だと考えてしまっているでしょう。
しかし、上述の「社会事業家100人インタビュー」をお読みいただければおわかりの通り、そこで紹介した団体と連携・協働することは、企業や行政が自ら抱えている課題を解決するための手法(ソリューション)の提供を受けることでもあります。
つまり、企業や行政が資金を出して、世の中のどこかで困っている人を助ける活動を団体が行うのを支援するのではなく、企業や行政が対価を払って、従業員や住民などが抱える問題の解決に対して、専門性を持つ団体にソリューションを提供してもらう、という直接的な効果を期待できます。
たとえば、製品やサービスの開発。高齢者や障がい者などを対象として、「介護食」と総称される、噛みやすい・飲み込みやすい食材や、車椅子や杖をはじめとする移動を支援する器具など、これまでニッチやマイノリティ(少数者)と位置付けられてきた対象が、新しい市場とみなされるようになると、その対象のために活動を続けてきた団体は、そのニーズを最も詳しく知る存在として、また、製品やサービスを試す場を提供してくれる存在として、重要なパートナーとなっています。

顧客の多様化による市場の拡大に対応するための人材の育成に、社会事業家が貢献しているケースは枚挙にいとまがありません。香川県高松市で、情報誌の発行や子育て広場の運営などを続けている中橋恵美子さん(http://socialbusiness-net.com/contents/news965)たちが、自分たちの体験から地域のタクシー会社に働きかけて始まった「子育てタクシー」は、今では全国130社以上が加盟する一般社団法人子育てタクシー協会(http://kosodate-taxi.com/)へと進化しています
最近では、日本の大手企業もようやく、アフリカや南アジアなどの新たな、しかし厳しい市場への展開を本格化するための準備を進めています。すでに欧米の主要企業では、同地での市場開拓や製品・サービスの開発に際して、現地や欧米のNGOとの連携・協働を日常的に行っており、「その市場や顧客が困難であればあるほど、その対象に支援を続けてきたNGOとの連携・協働は有効であり、営利と非営利のハイブリッド型のアプローチこそが、唯一かつ最善の選択である」という趣旨の発言も頻繁に聞かれます。
同様に、それがアフリカであれ南アジアであれ、中長期的に発展や拡大が見込まれる市場や顧客に対応できる人材を育成するには、すでに同地で活動を続けている団体に従業員を派遣するのが、最も効率的であることもおわかりいただけるでしょう。

このように、製品・サービスの開発や人材育成といった、本業に直結する領域においても、社会事業家との連携・協働は、すでに多様な実践があり、また、今後も大きな可能性があります。一方で、人事担当をはじめとする管理部門にとっても、社会事業家との協働、特に従業員の働き続けやすさを向上するためのサービス提供を受けるとともに、制度・サービスの拡充においても、実績・可能性ともに大きいのです。
最も分かりやすいのが、従業員の家族の介護です。「介護保険状況報告」(2010年度)と「国勢調査」(同)、「日本の将来推計人口」(2012年1月)をもとに、年齢層5歳区切りごとに、介護保険制度の利用者の割合がどの程度に達するかを、筆者がまとめた表をご覧ください。

「介護保険状況報告」(2010年度)、「国勢調査」(同)、「日本の将来推計人口」(2012年1月)

仮に、あなたの組織で働く役職員が、父母が30歳の時の子どもとして生まれ、配偶者の父母もともに健在だと仮定すると、45歳から49歳の従業員が20人いれば、その父母(75から79歳)40人のうち3.8%にあたる1.52人が要介護3以上ですが、5年後には8.0%にあたる3.20人に、10年後には16.6%にあたる6.64人に増えることになります。企業にとって、子育ての支援、とりわけ男性従業員の育児参加のための残業・休日出勤の短縮は喫緊の課題ですが、介護事業従事者の離職率が、他の産業に比べて圧倒的に高い状況に鑑みると、家族の介護への備えも、急いで進める必要があることがお分かりいただけるでしょう。
より具体的に想定してもらうために、仮に25歳から60歳まで各年齢層に従業員が5人ずつ、計140名の会社で、定年が65歳までだとすれば、要介護3以上の父母がいる従業員は2010年には6人しかいないが、15年以降は12人となり、全員が結婚していれば、それぞれ2倍になります。つまり、従業員数が増えなくても、家族を介護しながら働き続けなければならない従業員は増える、という構造なのです。
こういった事態に、自社だけで対応できる企業や行政は、皆無といっていいでしょう。だからこそ、高齢者の介護や健康増進に取り組む団体と連携して、安心して、また、少しでも負担を軽くして、働き続けられる従業員を増やすことは、生産年齢人口が減り続ける日本において、最も重要かつ有効な人事施策なのです。
子育て支援でも、また、障がいを持つ家族の支援でも同様に、社会事業家との連携・協働が、従業員の大きな支えになることは、あえて詳しく説明するまでもないでしょう。

■まず、従業員などにたずねてみる

これだけの実績や可能性の豊かな社会事業家との連携・協働を、どう始めるか。これまで広がっていないのは、「知らない」、「身近にない」、と言う経営者や担当者が多いからですが、まずは、従業員や地域の市民活動センターなどに聞いてみてください。子育てや介護の当事者であり、もちろん開発や販売の当事者でもある従業員たちは、経営者や管理部門よりも、必要に迫られて詳しく知っているはずです。
もし、従業員や地域の市民活動センターからも、良い候補が見つからないようなら、ぜひ、キーワードで検索してみてください。課題や地名などを詳しく設定しても、驚くほど多くの検索結果が見つかるはずです。
日本が21世紀も22世紀も、力強く成長を続けるためには、課題に直面した時に、通り過ぎるのを待ったり、気付かないふりをしたり、政府が補助金をくれるのを待ったりするのではなく、その課題に挑むチャレンジを果敢に、かつ効果的に続けることです。社会事業家は、そのチャレンジを続けた結果、ビジネスモデルを確立した人々に他なりません。あなたのパートナーとして最適であることが、きっと分かるはずです。

≪執筆者紹介≫
川北 秀人(かわきた ひでと)

1964年大阪生まれ。87年に京都大学卒業後、(株)リクルートに入社。
国際採用・広報・営業支援などを担当し、91年に退職。その後、国際青年交流NGOの日本代表や国会議員の政策担当秘書などを務め、94年にIIHOE設立。大小さまざまなNPOのマネジメント支援を毎年100件以上、社会責任志向の企業のCSRマネジメントを毎年10社以上支援するとともに、NPOと行政との協働の基盤づくりも支援している。

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