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棕櫚の文化を残していく
深海産業(有)
専務取締役
深海 耕司さん
代表者 | 深海 寛昭 |
---|---|
創業 | 1950年 |
資本金 | 1,000万円 |
従業者数 | 14人 |
事業内容 | 棕櫚製品製造 |
所在地 | 和歌山県海南市阪井1391-4 |
電話番号 | 073(487)2498 |
URL | https://fukami1178.jp |

主婦でもある職人たちが丁寧に作業する
深海産業(有)は、創業以来、棕櫚縄をつくり続けてきた。2020年、同じく棕櫚を材料として箒をつくる「Broom Craft」というブランドを立ち上げた。どのような経緯やねらいがあるのだろうか。箒づくりの事業を主導する専務の深海耕司さんに話をうかがった。
次の時代も生き残る企業になるために
深海産業(有)のある和歌山県海南市は、古くから棕櫚の産地として知られる。棕櫚はヤシ科の常緑高木で、その樹皮は耐水性や耐腐食性に優れ、伸縮性もある。棕櫚製品の歴史も古く、江戸時代にはたわしなどの家庭用品が盛んにつくられていた。ただし、時代が進み、化学繊維を用いたスポンジが登場すると、棕櫚製品の需要は減少していった。ニーズの変化に伴い、棕櫚製品を扱っていた企業も、ブラシやクロスなど、別の家庭用品の製造に移行した。こうして、棕櫚産業は縮小していったのである。
同社は今も棕櫚製品をつくっている数少ない企業である。扱うのは棕櫚縄だ。庭木や街路樹を支柱と結んで固定するといった用途の造園資材として公共工事にも用いられ、一定の需要を確保してきた。市場規模は2億~3億円と決して大きくないが、同社はエクステリアメーカーなどのOEM(相手先ブランドの生産)として基盤を確立し、高いシェアを誇ってきた。
しかし、自社の将来を見据えたとき、深海さんは売り上げのほとんどを棕櫚縄のOEMに依存する体制ではリスクが高いと考えた。そこで、棕櫚を使って消費者に直接営業できるようなオリジナルの家庭用品を開発しようと思い立ったのである。

深海産業(有)の敷地にある棕櫚の木
箒づくりのきっかけは取引先からの依頼
アイデアのヒントを得ようと、深海さんは全国を回って、さまざまな手づくりの家庭用品を扱う企業を訪れた。そうしたなか、京都の老舗箒店から、京箒をつくってくれないかという相談が同社のもとに寄せられた。仕入先である京箒の職人が亡くなってしまったのだという。その箒店は、棕櫚縄のOEMで同社と付き合いがあった。京箒はシダでできていて、その素材が棕櫚に似ていたため、依頼してきたのである。幸いなことに、深海さんは以前にその職人を訪ねており、箒も手元にあったため、その依頼を引き受けることにした。
動画を撮りながら、箒をばらして、細かく重さを量って構造を分析した。3カ月をかけて何とか組み上げることに成功し、30本のシダ製の箒を納品した。しかし、すぐにクレームが入り、すべて回収することになってしまったという。理由は、箒の穂が簡単に抜けてしまうというものであった。どうすれば、穂が抜けない箒がつくれるのか、社内で試行錯誤しながら議論した。柄と穂先のつなぎ部分を三つ編みにして強度を高めるなど工夫を凝らし、1年かけてようやく穂が抜けにくい箒をつくり上げたのである。
2020年、その技術を棕櫚にも応用し、棕櫚箒をつくった。そして、箒をつくっていることを知ってもらおうと、「Broom Craft」というブランドを立ち上げ、本格的に製造を開始したのである。かつて海南市には、家庭用品として棕櫚箒をつくる会社がたくさんあった。しかし、今では棕櫚に限らず手作業で箒をつくっている企業は全国でも少ない。一方、フローリングの部屋が増えた現代の住宅において、床を傷つけることなく目地や角を掃除できる箒は、掃除機と併用して使うことができる。数は少ないかもしれないが、需要はあると踏んだのである。

穂が抜けにくく丈夫なBroom Craftの棕櫚箒
職人の門戸を広げる
製品を広めていくうえでは、安定した生産体制を築くことが重要である。深海さんは、全国の職人を訪ねたときに、後継者不足に悩み、自分の代で事業を畳もうとする人たちを数多くみてきた。引き受け手がいない原因は、敷居の高さにあるのではないか。何年もかけて難しい技術を習得し、寡黙に作業をするというイメージを職人に抱く人が多いのではないかと考えたのである。そこで、深海さんは、職人になるハードルを下げ、年齢や性別、経験の有無などを問わず広く人を集めるために、二つのことに取り組んだ。
一つは、効率的なノウハウの習得である。「職人育成プロジェクト」と称して、穂先を束ねる、銅線で締める、編み込む、組み立てるといった箒をつくる工程を細分化して、ローテーションで担当しながら育てるカリキュラムを作成した。これによって、半年から1年あればひととおりの作業ができるようになるという。また、分業制にしたことで、技術を習得した後は得意な作業の担当を割り当てられる。
もう一つは、明るい職場づくりである。作業中であっても雑談することを認めている。仕事の相談がしやすいのはもちろん、プライベートな話題でしばしば談笑しているという。また、休みたいときは自由に休憩をとるように勧める。反復作業が多いため、こまめなリフレッシュが、効率を高めるからだ。
女性従業員がこうした取り組みをママ友に伝えたところ、自分にもできそうだと応募が集まった。現在、同社にいる6人の職人のうち4人は女性である。女性職人は全員主婦で、日頃の家事で感じるちょっとした不便や悩みが新たな商品のアイデアにつながっている。例えば、鍋やフライパンの丸みにフィットするよう毛先を斜めにカットしたキッチンブラシや、先端を尖らせることで360度自由にはける小箒などだ。職人が育つにつれて、Broom Craftの製品ラインアップも広がっている。

和やかな職場がアイデアを育み、ラインアップが広がる
棕櫚製品を身近なものに
販促には、展示会を積極的に活用した。なかでも反響が大きかったのは、東京で開催された家庭用品を扱うギフトショーである。1日に300人と名刺を交換したという。箒は9割を輸入に頼り、国産は珍しい。6万円ほどする国産箒が多いなか、同社の製品は2万5,000円ほどで求めやすかった。また、キッチンブラシといったほかの製品もバイヤーに好評だった。全国にチェーン展開する大手日用雑貨店からも声がかかるなど販路を拡大し、今では納品が追いつかず、半年以上待ってもらうこともあるという。
事業を軌道に乗せた深海さんは、棕櫚製品を梅やみかんのように和歌山の名産にしたいと意気込む。そのためには、まず地元海南市で棕櫚の文化を復興しようと地域に向けた発信も行っている。かつて棕櫚産業が栄えた海南市であっても、今の若い世代では、棕櫚を知らない人がほとんどだという。学校に棕櫚箒を寄贈したり、自治体と連携して出張授業に行ったり、工場見学を受け入れたりしている。棕櫚の文化を全国に、そして未来に残していくため深海さんは挑戦を続けていく。
(篠崎 和也・2025.4.21)
本事例に関連するテーマについてさらに知りたい方はこちら(総合研究所の刊行物にリンクします)
商品開発 | 経営最前線2「有松鳴海絞の新たな魅力を広める」 | 調査月報(2024年5月号) |
新事業展開 | 経営最前線1「屋根から広げた事業領域」 | 調査月報(2024年6月号) |
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