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味を磨き、味覚を育む
(株)博多の味本舗
代表取締役社長
中村 謙一さん
代表者 | 中村 謙一 |
---|---|
創業 | 2014年 |
資本金 | 100万円 |
従業者数 | 8人 |
事業内容 | 食料品の企画・販売、ベーカリーの運営 |
所在地 | 福岡県那珂川市中原6-1-22 |
電話番号 | 092(408)1780 |
URL | https://www.hakatanoaji.jp |
赤ちゃんの成長に合わせた四つのだし
(株)博多の味本舗は、無添加のだしポン酢をはじめ、安心や安全を追求した食料品を提供している。社長の中村謙一さんに、商品開発の経緯やビジネスにかける思いをうかがった。
おいしいと感じてもらうための条件
食料品業界で工場の統括や、直営店、通販事業の立ち上げなどに従事していた中村さんが同社を創業したのは、2014年のことである。勤務時代、顧客からは「アレルゲンフリーや無添加の食料品は味のクオリティーが低くなりがちだ」といった声を頻繁に聞いた。誰でもおいしく食べられるものをつくりたい。そう考え、最初に手がけたのは、しょうゆをベースにしない無添加のだしポン酢だ。しょうゆを使わないので、大豆や小麦といったアレルゲンが入っていない。酸味料や香料などの添加物も使用していない。似たコンセプトの商品はすでにあったが、それでは満足できない人が一定数いることに目をつけた。博多にある老舗の醸造元とともにうま味成分などについて研究を重ね、味に改良を加えたオリジナルのだしポン酢を完成させた。勤務時代に培った人脈を生かして多方面に営業をかけたところ、東京の百貨店や博多の空港に福岡のお土産として置いてもらうことができ、上々のスタートを切った。
だしポン酢を開発するため、消費者の嗜好や味覚などについて調べていたとき、興味深いことを知った。幼い頃からうま味に触れることが、味覚を育てるには重要らしい。うま味を正しく認識できない人が増えているという調査結果も気になった。おいしいと感じてもらうには、食べ物自体の味を磨くだけではなく、食べる人が正しい味覚を身につけていることが前提となる。中村さんは、「味育」の重要性に気づいた。
赤ちゃんのための商品づくり
だしポン酢の次に発売した天然だしを離乳食に使っている親たちから、離乳食用のだしを売ってほしいという声を聞いた。中村さんは、繊細な乳幼児向け食料品の開発には、専門的な知識が必要だと考えた。そこで、県の商工会連合会の紹介を受け、食品科学の研究部門を有する福岡女子大学に協力を仰ぎ、赤ちゃんだしを完成させた。ラインアップは月齢5カ月用、6カ月用、7カ月用、そして12カ月用と細かく刻んで用意した。離乳食期間は味覚を育てるのに特に重要な時期であり、子どもの成長に合わせて段階的にさまざまなうま味に触れることが望ましい。そのため、5カ月用には昆布を使い母乳と同じくグルタミン酸が中心になるように、6カ月用にはかつお節を使用し動物性のイノシン酸を含むようにと、12カ月用までの4ステップで素材の種類や配合を変えている。
中村さんは、ある顧客から寄せられた声が今でも忘れられない。それは、「2016年に熊本地震が起きた直後、ショックでわが子が何も食べなくなり、焦りながらいろいろな離乳食を試した。そんなとき、たまたまもっていた赤ちゃんだしで米粉を溶かして与えると、それだけは食べてくれた」というものである。購入した親から感謝を伝えられることは多かったが、赤ちゃんには直接感想を聞けない。だからこそ、赤ちゃんの意思が感じられるようなエピソードが何よりうれしかった。
長続きする会社を目指す
中村さんが経営者として最も重視しているのは、会社を長続きさせることだという。その理由は創業前にさかのぼる。中村さんは、余命宣告を受けるほどの大病を患い、奇跡的に復活した経験をもつ。その際に支えてくれた20歳近く年下の女性と結婚し、子どもを授かった。勤務者のままなら、60歳代で定年退職した後、家族の生計が不安定になる。そこで、定年のない独立の道を選んだ。自分が先立った後も、会社が残れば家族に引き継げる。そう考えたからこそ、長く続けるということを大事にしているのだ。また、最初は一人で始めたが、今では7人の従業員を抱えるまでになった。従業員とその家族の生活を守る責任もある。従業員が増えるにつれて、長く続けたいという思いは一層強くなっていった。
2021年には、食料品販売以外に事業の柱をつくろうと、本店の隣にベーカリー「Plume」をオープンした。パンの製造販売を選んだのは、従業員が最も興味を示したからである。従業員がしたいことを仕事にすれば、長続きしやすいと考えたのだ。今は中村さんが中心となってパンの企画や製造を行っているが、いずれは運営のほとんどを従業員に任せる予定だ。
事務所の壁には会社理念と八つの行動指針、そして九つの社訓を書いた色紙が飾られている。会社を長く続けるために、従業員と思いを共有する必要があると考え、用意したものである。例えば、行動指針の一つに「自分の子供に食べさせたいものを提供する」がある。食料品を扱う企業では、安全性を損なうことは存続の危機に直結する。自分の子に食べさせたいかを常に問うことが、安全性を確保するのに役立つと考え、指針に盛り込んだ。
そろそろ取材を終えようというとき、郵便物が届いた。それは10個目の社訓が書かれた色紙だった。「天は、自ら助くる者を助く」。自立して努力する者には天の助けがあり、幸福になる、という意味の西洋のことわざである。従業員にも自主的に仕事に取り組んでほしいという考えで、新たな社訓に加えたのだ。従業員に段階的にパンの事業を任せていく今後、役立つ社訓となるはずだ。事業の持続可能性を高めることは、あらゆる企業に求められる。方法はさまざまだが、同社のように従業員と理念を共有することもその一つだろう。
(真瀬 祥太・2024.4.30)
本事例に関連するテーマについてさらに知りたい方はこちら(総合研究所の刊行物にリンクします)
商品開発 | 未来を拓く起業家たち「日常会話から商品が生まれるベーカリー」 | 調査月報(2022年4月号) |
事業継続 | 経営最前線2「時間の使い方を見直しファンを獲得」 | 調査月報(2023年1月号) |
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