本州最東端にある岩手県宮古市。JR山田線と三陸鉄道リアス線が停車する宮古駅から15分ほど歩いたところにさとう衣料店はある。店に入ると、年齢性別を問わず誰もが着こなせそうな洋服や雑貨が並んでいる。明治時代の創業以降、事業内容を変えながら、地域の暮らしを支えてきた。

本州最東端にある岩手県宮古市。JR山田線と三陸鉄道リアス線が停車する宮古駅から15分ほど歩いたところにさとう衣料店はある。店に入ると、年齢性別を問わず誰もが着こなせそうな洋服や雑貨が並んでいる。明治時代の創業以降、事業内容を変えながら、地域の暮らしを支えてきた。
さとう衣料店の起源は1909年、店長の佐藤邦彦さんの曽祖父が宮古市の鍬ヶ崎地区に開いた商店である。食料品やタバコに始まり、やがて衣料品にも進出すると、地域の学校の制服や体操着などを取り扱ってきた。
洋服と雑貨に特化するようになったのは、邦彦さんが父から店の切り盛りを任されるようになった2000年からだ。タバコや制服は安定した売り上げをもたらしてくれるが、経営の自由度は高くない。地域人口が減るなか、邦彦さんは自らのセンスを武器に店を運営したいと考えたのである。
取り扱う商品の価格帯は、カットソーなら5,000円から、デニムパンツなら1万4,000円からといった具合で、やや高級感がある。似たような品ぞろえの店が近隣にないこともあって、さとう衣料店は地域住民の支持を獲得していった。平均客単価は1万円を超える。
商品構成を見直すタイミングで、邦彦さんはブログを始めた。最初の投稿は2001年1月1日だから、もう18年以上続いている。記事の主な内容は商品の紹介なのだが、特徴的なのは、自ら仕入れた商品を身にまとった邦彦さん夫婦が地元の観光スポットや飲食店、あるいは旅先を回り、その様子を文と写真で伝えている点だ。宣伝らしくないのである。仕事と関係なさそうな身の回りの出来事を綴っていることも多い。ただ、読んでいると、邦彦さんの人柄がじわりと伝わってくる。
今となってはブログやSNSを用いた情報発信はよくあるマーケティング戦略だが、邦彦さんはいち早くこうした取り組みを行ってきた。現在、売り上げの約1割はインターネット経由だ。約20年分の記事の蓄積は、他社が追いつくことのできないアドバンテージになっている。
2011年3月に起きた東日本大震災で、邦彦さんは店を失った。地元住民からは営業の再開を期待する声が多く寄せられた。ブログの読者からも励ましのコメントが相次いだ。邦彦さんは宮古駅から徒歩10分ほどの場所に仮店舗を見つけ、営業を再開した。店舗面積は約7坪と狭かったが、洋服を選びおしゃれを楽しむひとときを住民にもたらした。この小さな復興が、日常生活を取り戻そうとする住民の心をどれほど勇気づけたかは、想像に難くない。
営業再開を応援してくれた住民や、画面の向こう側にいるブログの読者に応えるため、邦彦さんはブログを書き続けている。更新頻度は震災以降、いっそう高まったようである。
2013年1月、同じ宮古市の向町に床面積約30坪の建物を新築した。シックなえんじ色の外壁と、邦彦さんがデザインした「さとう衣料店」のロゴマークが目を引く。建物を見上げると、ハンガーのオブジェが飾られている。
店の内外には手書きのポップが随所にちりばめられている。思わず笑ってしまったのが、購入金額によって付与する独自のポイントについて説明した「65歳以上お客様スタンプ2倍 自己申告 証明書不要」という、窓に貼られた一文である。店員が若く、店内の雰囲気もおしゃれで入りにくいという高齢者の声に応えたという。客とのコミュニケーションを自然に引き出すうまい仕掛けである。客層の幅広さもうかがえるエピソードだ。
「小さな店ですけれど、自分のやりたいことができています」と邦彦さんは毎日の充実感を語ってくれた。現在取り組んでいるのは、自家焙煎コーヒー豆の販売とコーヒースタンドの併設だ。すでに店の一角の改装を始めたほか、仕事の合間を縫ってカフェを訪ね歩き、知識を深めている。計画が実現すれば、本州最東端の自家焙煎コーヒー豆になるとのこと。そのうち、コーヒーを楽しみながら、邦彦さんと客がファッション談義に花を咲かせる光景が繰り広げられるのだろう。さとう衣料店の個性的な経営方針が、宮古の日常にアクセントを加えていく。
(藤田 一郎・2019.7.1)本事例に関連するテーマについてさらに知りたい方は、以下の総合研究所の刊行物リンクをご覧ください。
調査月報(2019年3月号)
調査月報(2018年10月号)