中小企業の現場から -Case Studies & Reports-

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ものづくりの次世代を発掘する

(株)加藤すうぶつ

株式会社加藤数物 取締役 加藤 晶平

取締役

加藤 晶平さん

代表者 加藤 昌明
創業 1932年
資本金 600万円
従業者数 16人(うちパート1人)
事業内容 金属加工
所在地 愛知県豊川市足山田町西川94
電話番号 0533(93)2048
URL https://www.kato-suubutu.com
工場内では金属をプレスする音が一日中鳴り響く

工場内では金属をプレスする音が一日中鳴り響く

愛知県豊川市にある(株)加藤数物はトヨタ自動車の2次下請けとして、ブレーキやタイヤ周りに使う金属部品の加工を手がけている。生産数は年間200万点を超える。キーサプライヤーとして自動車生産を足元から支えるなか、取締役の加藤晶平さんが新事業を立ち上げた。そこに込めた思いとは。

突然やってきた崖っぷち

(株)加藤数物は1932年に創業し、学校の授業で使う木製の教具をつくってきた。黒板用の大きなコンパスや分度器、理科の授業で使う化学模型などである。社名にある「数物」とは、数学と物理の頭文字である。1965年に晶平さんの祖父が木材加工から金属加工へと事業を転換、自動車部品業界へ参入した。現在は、父の昌明さんが3代目社長を務めている。

晶平さんが入社して2年後、リーマン・ショックが起きた。受注は平時の4割程度まで落ち込んだ。昌明さんは工場の稼働日数を週5日から4日に減らしたり、1円単位でコストを見直したりするなど、徹底的な無駄の削減で難局を乗り切った。世界最大規模の自動車メーカーを頂点とする強固なサプライチェーンであっても、経営はけっして安泰とはいえない。一社依存のリスクに向き合う父の姿を見た晶平さんは、新事業を考えるようになった。

創業のルーツに新事業のヒント

業績がようやく回復してきた2012年、晶平さんは世界中のアウトドアメーカーが集まる展示会にいた。昌明さんの了解を得たうえで、金属加工のノウハウを生かして、自身の趣味でもあるアウトドアの市場に参入したのである。自社ブランド「Kケープラス」を立ち上げ、アルミ製スプーンの製造販売から始めた。もっとも、競合は多く、存在を知られるためには先発組との明確な違いが必要だ。

差別化の武器になったのが創業のルーツだ。「当社は教育からスタートしました。教具から自動車部品、そしてアウトドアへ進んでいくなかで、教育というアクセントを加えたら、ウチらしさが出るのではないかと考えました」。 晶平さんは地元の祭りやアウトドアイベントに出店して、子ども向けのワークショップを開催するようになった。内容はアルミやしんちゅうの板をハンマーで成形し、スプーンをつくるというもので、参加費は1人2,000円程度である。

意外なことに、初開催のときから家族連れの行列ができた。次の開催ではさらに客が集まった。子どもたちは、何の変哲もないスプーンをつくることがいかに大変で奥深さを敏感に感じ取ったのかもしれない。なかには2時間近くかけてスプーンをつくる子もいる。「自作のスプーンを持ち上げて目の高さに合わせ、遠目に見るような子にはものづくりのセンスを感じる」と晶平さんは言う。そのため、ワークショップの参加時間に制限はない。本気になっている子どもの手を止めたくないからだ。

小さな新事業がもたらす大きな成果

こうした子どもの姿を真剣に見つめていたのは晶平さんだけではない。アウトドアイベントのワークショップ事業がうわさになり、2014年、晶平さんはトヨタ産業技術記念館の一室で子どもを相手に金属加工について講義を行った。そこでの子どもたちのいきいきとした姿を見たトヨタ産業技術記念館の担当者から頼まれ、2015年からは定番のイベントになっている。

自動車部品の仕事に比べれば今のところ、ワークショップを柱とするアウトドア事業の収益は微々たるものである。だが、金銭では測れないプラスの効果が社内に生まれている。

第1は、従業員のモチベーションアップだ。消費者、特に子どもと直接やりとりする機会が生まれ、自分たちの仕事にいっそう誇りをもつようになった。ワークショップの延長で始めた工場見学イベントも好評で、これまでに実施した10回すべてに参加してくれた人もいる。ファンの存在は従業員の心を奮い立たせてくれる。

第2は、知名度の向上だ。トヨタ産業技術記念館での講義実績やイベント参加などで加藤数物の名が広まっている。「珍しい社名」に「自動車部品メーカーらしくない取り組み」が相まって、自動車業界以外の企業からの加工に関する問い合わせが増えている。新事業を考えるきっかけとなった、取引先の分散が図らずも推進されることとなった。

「ものづくりの未来に少しでも貢献できれば」。そう語る晶平さんの視線は、若者の心を力強くとらえていた。

(藤田 一郎・2019.7.1)

本事例に関連するテーマについてさらに知りたい方はこちら(総合研究所の刊行物にリンクします)

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