ここにこの人あり

お母さん方と一緒に地域の困りごとを
楽しく解決して日高村を全国区に

規格外になったトマトを地域のお宝に変えた安岡千春氏(60)は、一昨年、安倍晋三首相の施政方針演説で紹介された。「できる人が、できる時間に、できることを」を合言葉に、事務局長としてNPO法人日高わのわ会の活動を明るく引っ張ってきた。
広報誌「日本公庫つなぐ」21号でもご紹介しております。

特定非営利活動法人 日高わのわ会 事務局長 安岡 千春氏

特定非営利活動法人 日高わのわ会 事務局長
安岡 千春(やすおか ちはる)

保育士時代に地域の母親たちと結成した有償ボランティアグループを2005年NPO法人化。地元産トマトの規格外品活用や雇用の創生など地域の課題を解決する事業が評価され、第10回地域再生大賞 準大賞を受賞。「できる人が、できる時間に、できることを」がモットー。

土佐弁で元気な男勝りの女性を「はちきん」と言う。坂本龍馬が慕った姉の乙女がよく引き合いに出される。NPO法人日高わのわ会事務局長の安岡千春氏は地元高知県日高村の産である。しっかり者で、はちきんの例にもれない。

てらいの無い、笑顔がよく似合う快活な女性である。小柄だが、精気に満ちている。取材した安岡氏はセーターとジーンズにスニーカーを履き、見るからに活動的な印象を受ける。

高知市の中心部から車で30分ほどの人口約5000人の日高村に、NPO法人日高わのわ会が発足したのは15年前。安岡氏は、法人化する前に地域の母親たちと10人足らずのボランティアグループを結成した時から世話人をしていた。言うなれば創業者である。

理事長でもよかったのではと尋ねたら、「理事長よりも、現場でみんなと一緒にワイワイやりたいのでね」と言う。謙遜ではない。「困った時には『ちょっと理事長の所に行って相談してくるわ』と、逃げ道にもできるでしょ」と、悪戯っぽく笑う。

法人化した時、幼なじみの濱田善久氏に頼んで理事長になってもらった。トマト農家の同氏は忙しいので、普段、わのわ会にはいない。

「話に共感して力になってくれる人」

商品を袋詰めする障がい者。自分の特性に合わせた仕事で得る収入とやりがいが、責任感と丁寧な作業につながる

安岡氏は知的障がい者の就労支援事業の一環として、気心の知れている濱田氏のトマト栽培のハウスで、障がい者を使ってもらっている。「まずは理事長に頼み込んで、隣の農家、そのまた隣へと広げていきました」。「人の輪、話の輪、平和の輪」をうたうわのわ会の名前の通り、安岡氏は輪を広げていく。

地域おこし協力隊として3年ほど前に東京から移住して、わのわ会を手伝っている小野加央里氏(38)に聞いてみた。なぜ日高村に深く関わるようになったのかと。即座に返ってきた答えは、「安岡さんが好きだから」

小野氏はこう語る。「こちらの話に、必ず共感してくれるんです。難しいことでも決して否定的に見ない。だったらこうしたら、ああしたらと、共感して力になってくれる人です。すごいなと思います」

昨年11月にわのわ会が指定管理者になってオープンした、宿泊もできる交流拠点施設「Eat & Stay とまとと」は、そんなやりとりから生まれた。客室は4つと小さいが、日高村初の宿泊施設で、村外から訪れる人や村民が集い、さまざまに活用できる。

規格外トマトを使ったわのわ会の商品。オンラインで全国に販路が広がり年間1千万円以上を売り上げるまでに

小野氏の願いが発端で、「安岡さんと、高知県のビジネスプランコンテストに応募して入賞した『いきつけ田舎プロジェクト』という企画がもとになってできました」と言う。

わのわ会は地域の困りごとを一つひとつ解決してきたが、堅苦しいやり方はしていない。安岡氏とメンバーがいつも井戸端会議のようにおしゃべりしながら進めてきた。会の雰囲気は「まったり」という表現がぴったりする。「都会でばりばり仕事をしてきた人が見たら、緩すぎて何これ?と思うのではないですか」と安岡氏は楽しげに語る。

同会は、特産の糖度の高いフルーツトマトを原料に、パスタソースやピザソースなどの加工品を製造販売しているが、これも偶然の産物である。

経緯は安岡氏によると、こうだ。「農作業を手伝いに行った先の農家が、出荷できない規格外のトマトをくれたのです。そうしたら、お母さんたちは『わーっ、トマトだ』と喜んでレジ袋に詰めて帰りましたよ」。規格外でも、トマトの味は変わらない。それをきっかけに曲折を経て、規格外のトマトを農家から買い取って、加工品にして本格的に消費者向けに売り出した。

商品を袋詰めする障がい者。自分の特性に合わせた仕事で得る収入とやりがいが、責任感と丁寧な作業につながる
規格外トマトを使ったわのわ会の商品。オンラインで全国に販路が広がり年間1千万円以上を売り上げるまでに

思い切りよく過剰在庫を廃棄した

Eat & Stay とまとと 主宰
小野 加央里 氏

行動力のある安岡氏は本領を発揮する。売れる商品づくりのために、猛勉強を始めた。高知大学の「土佐フードビジネスクリエーター人材創出事業」の講座に第2期生として通った。修了生がつくるOB会の土佐FBC倶楽部の初代会長になるほどの熱心さだった。「講座荒らしと言われるくらい、いろんな講座を受けました」と語る。

こうして満を持して、「忘れもしない。2010年1月の県主催の商談会に臨みました。おいしいから、みんな欲しがると思って、サンプルをコンテナ3つに詰めて行きました。ところが仕様書も知らないし、帳合とか卸値とか言われても何のことか分からなくて、商談になりませんでした」。安岡氏は大笑いする。

今では軌道に乗り、トマト農家の正岡知也氏(40)は「生産者としては助かりますよ。捨てる物を製品化して、日高のトマトとして売ってもらって、知名度も上がりますからね」と言う。

さらに「村が企画する『オムライス街道』に参加する飲食店は、日高村のトマトを使うのがお約束になっています」と話す。『オムライス街道』は、観光客を招くイベントで、賛同する村内の飲食店が、特産のフルーツトマトを生かしてそれぞれ独自のオムライスを売る。生のトマトが無い時期には、わのわ会のトマトピューレを使っている。

「材料の原価で卸して赤字なんですけど、『オムライス街道』を支えるためです」と安岡氏は太っ腹だ。思い切りもいい。一時、トマトを買い過ぎて「加工担当の人が『冷凍庫の在庫を考えると胃が痛くなって眠れない』と言い出したんです」と言う。「胃が痛くなるならリセットして一から始めよう」と2トン半の在庫を廃棄した。この経験を生かし冷凍トマトの販売も始め、それが今注目商品になっている。

『オムライス街道』ではバラエティ豊かなオムライスが楽しめる

わのわ会はもともと、村の子育て支援センターの担当保育士だった安岡氏が、そこに集まる母親たちと始めたささやかなボランティア活動だった。「家庭保育のお母さん方が子供を連れてきて、お茶を飲んでおしゃべりしたり折り紙をしたりしていたのですが、飽きますよね(笑)。じゃあ紙芝居でも作りましょうかとなったのです」

「絵の得意な人は絵を描き、ストーリー作りが好きな人はストーリーを、音楽好きの人は音楽を、『私は何もできないから、子守がいいわ』と言う人はそれという具合に、自然に役割がわかれたんです。その時に『できる人が、できる時間に、できることを』という合言葉が生まれました」

出来上がった紙芝居を保育園や小学校でやると子供たちが喜んでくれる。「達成感があると、次に何をやろうかとなるでしょう。そんな時、村から『高齢者が介護予防でやるパワーリハビリテーションのサポートをしてくれないか』という依頼が来たのです」

最初は無償で引き受けたが、用事ができて抜けた人の代わりをする人がだいたい同じになる傾向が見られた。「これはよくないなとなって、みんなで相談して、村と契約して有償にしてもらって、公平にお礼が渡るようにしました。これが有償ボランティアの始まりです」(安岡氏)

しかし「有償ボランティアでもらえるお金は、やった結果への対価であって、みんなは対価が欲しくてやっているわけではありません」と安岡氏は説明する。「主婦は家事をやっても『ありがとう』と言ってもらえないので、『ありがとう』に飢えています。『ありがとう』と言ってもらえれば、それが対価には代え難いやりがいや充実感になるのです」

Eat & Stay とまとと 主宰
小野 加央里 氏
『オムライス街道』ではバラエティ豊かなオムライスが楽しめる

「人それぞれやりたいことをやればいい」

トマト農家
正岡 知也 氏

トマトの加工品を担当する製造販売部長の松岡飛鳥氏(41)は「私はのんびりしている方なので、最初、子守を担当しました」。3人の子を持つ母親で「来られる時に来て、休みたい時は休んでいました(笑)」と言う。

扱っている規格外のトマトについての松岡氏の見方が面白い。「形がちょっと悪いだけで、同じトマトなのに区別するのは変ですよね。それはトマトの個性でしょう。おいしければいいと思うのですが」。わのわ会についても「トマトではないけれど、いろんな個性の人がいて、うまく回っています。なぜでしょうかね」

「やるべきことをやっていれば、人それぞれ自分のやりたいことをやればいい」というのが、安岡氏の主義である。かといって他の人について、我関せずというわけでもない。

安岡氏は松岡氏に「安岡さん、そういうことは人に頼らず、自分でやってね」と言われたことがあるそうだ。「『そやな、頼りすぎだな。自分でやらなければいけないな』と反省しました。自分で自分のことはわからないものです。互いに気づきあい、ともに育ちあうのはいいでしょう」(笑)

からっとしたものである。約50人のメンバーが言いたいことを言い合える関係とは、仲のいい家族のようなものなのか。「みんながみんなの仕事を理解していて、それを自分の物差しで測らない。あの人はあの人やからねとお互いに認め合う風土ができているのです」。こう語る安岡氏には原点になる幼い頃の体験があった。

日高わのわ会 製造販売部長
松岡 飛鳥 氏

「昼寝ができない子供」だった安岡氏は、優しい保育士の先生のおかげで保育園での昼寝を免除してもらっていた。「お昼寝をしなくていいよ。だけど、みんなが寝つくまで静かにしていてね」と言ってくれた。寝息が聞こえだすと「みんな寝たから、さあ外で遊んでおいで」と解放された。

昼寝の時間が終わるころ、部屋に戻って一緒におやつを食べた。「普通なら『寝られなくても布団から出たら駄目』と言われます。寝られない子には2時間もじっとしているのは苦痛です。いい先生に恵まれて、みんな同じである必要はないんだ。お互いの違いを認め合えばいいという今の自分があるのかなと思いますね」

「あんな先生になりたい」と、高校卒業後、洋裁学校に通いながら通信教育で保育士の資格を目指した。同時にアルバイトで養護学校の寮母をして、そこでまた今につながる体験をした。

トマト農家
正岡 知也 氏
日高わのわ会 製造販売部長
松岡 飛鳥 氏

「女だからと軽く見られるとカチンとくる」

「人生の半分はわのわ会」と安岡氏。そのバイタリティーと笑顔が会の雰囲気を活気づける

小学校1年生から高校3年生まで年齢もレベルもさまざまな子がいた。レベルの高い子と交換日記を始めたら、上司から「その子だけ特別扱いするのはいけない」と止められた。「子供のレベルに合わせて対応すべきなのに、おかしいなと学びました」と安岡氏は振り返る。交換日記ができなくなった子は荒れたそうだ。「みんな同じようにしろというのは、管理の発想で自分が楽だからですよ」と言う。

笑顔を絶やさないが、芯は強い。知的障がい者は乾燥野菜の袋詰めのような作業は、覚えると手抜きをしないので、安心して任せられる。「クレームが来ても、『そちらの方で何かあったのではないですか』と言えるくらい信頼できます。それを『障がいのある人がやっているのではないのか』と言われると、ものすごく腹が立ちます。バカにするんじゃないよ、みたいにね」(笑)

また「女だからと軽く見られると、カチンときますね。男ならきちんとした数字を出してくるのに、女だからいい加減なんだろうと言われることがありますよ。話にならない時は、『済みませんね。知らなかったもので、どんなにしたらいいですかねー?』としおらしく言うんです」

「折り合いをつけてもらえるところを探して提案してもらう。先方が提案してくれたことですから、話も早いし、気持ちよく話が進む。これも一つの女の武器でしょうかねー!」と、愉快そうに笑う。単純に衝突しないで、からめ手から攻める。懐が深いというのか、なかなかしたたかである。

仕事ぶりも猛烈だ。「最近は月に2回くらい休めるようになりました」と、さらり言う。近くで見ている松岡氏は安岡氏について「年に364日くらい働いていると思いますよ(笑)。泳ぐのを止めたらパタッといくマグロと同じ感じですね」と感心する。

「人生の半分はわのわ会」と安岡氏。そのバイタリティーと笑顔が会の雰囲気を活気づける

「仕事が趣味です。好きなんですね」

トマトの色や形の違いは「個性」。わのわ会で活動するメンバーそれぞれの個性と重なる

「世の男性のような働き方をしています。夜の9時ごろ、家に帰って残ったご飯を食べるという具合です」と、本人は少しも苦にしていない。「出張先ではチューハイとおつまみを買って、オジさんみたいにやっています」(笑)

「仕事が趣味です。好きなんですね。これまで大変だったことは何ですかと聞かれても、そんなにありません」と言うのだから恐れ入る。

二男二女を育て、今も84歳の母親と夫、息子夫婦、孫3人など自分も含めて10人で暮らす仲良し家族だそうだ。「一昨日は夜にテントサウナをやって、終わった後にいろんな話で盛り上がり、寝たのは2時半でした。うちはそれぞれ自分の持ち味で生活して、何かあればみんなで集まるシェアハウスみたいな感じです」と朗らかだ。

4月に還暦を迎えた。「60歳かと思うと、次の自分の役割は何なのか、次のステージのようなことを考えて動いています」。それは何だろう?

「内緒。ウフフッ」。エネルギーがまだ有り余っているように見える。

トマトの色や形の違いは「個性」。わのわ会で活動するメンバーそれぞれの個性と重なる

※本ページの内容は取材当時のものです。

ページの先頭へ