ここにこの人あり

起業を目指す女性の"はじめの一歩"を応援する
お母さんが子連れで自由に働ける
シェアアトリエを運営

埼玉県草加市にある古いアパートをシェアアトリエとしてリノベーションし、日々切り盛りしている小嶋直氏。母親が働く姿を小さい頃から見ていたという小嶋氏は、母親が子供を見守りながら、好きなことで働ける環境づくりを提案している。
広報誌「日本公庫つなぐ」20号でもご紹介しております。

つなぐば家守舎株式会社 代表取締役 小嶋 直氏

つなぐば家守舎株式会社 代表取締役
小嶋 直(こじま なお)

一級建築士。1980年東京都練馬区出身。工学院大学建築都市デザイン学科卒業。一級建築士袴田喜夫建築設計室に入所。2012年埼玉県川口市に建築事務所「コーデザインスタジオ」を設立し、戸建て物件やリノベーションなどを手掛ける。2018年リノベーションスクールで知り合った松村美乃里氏らと共に、シェアアトリエを運営する「つなぐば家守舎株式会社」を設立。

シェアアトリエ「つなぐば」は、東武スカイツリーラインの新田駅から、住宅街を15分ほど歩いたところにある。古い2階建てアパートを一棟丸ごとリノベーションした外観は、昭和の面影を残しつつも、木材の温もりのあるおしゃれな雰囲気が漂う。目の前には公園も広がり、環境も良い。

扉を開けようとつかんだ取っ手は、水道の蛇口を再利用している。リノベーションらしい遊び心に感心しつつ、中へと入ると、厨房と20~30人ほどが座れるテーブル席があった。真ん中に三畳弱の畳敷きもあり、丸いちゃぶ台が置かれている。

「お母さんたちが、子供を遊ばせやすいように、畳敷きも用意しました」と、穏やかな口調で話してくれたのは、ここを運営している小嶋直氏だ。シェアアトリエとは、創作活動を中心として働く人たちの作業の場のこと。つなぐばは、子連れでも気兼ねなく利用できる場所を目指している。テーブルを借りて仕事場にするほかに、キッチンも貸し出しており、ここでカフェや食堂を開いたりすることもできる。ワークショップの場所としても利用可能だ。2階はテナントとして貸し出し、美容室が営業中。木育を目的とした小さな木の美術館と託児所もオープン予定だ。内装にも廃材を使っているようだが、古臭く見えないのは建築家でもある小嶋氏のセンスが生きているからだろう。

きっかけは草加市のリノベーションスクール

小嶋氏がつなぐばの運営を始めたのは、2016年に草加市が主催したリノベーションスクールで、建築に関する講師を頼まれたのがきっかけだった。小嶋氏の設計事務所は隣の川口市にあったが、リノベーション経験を買われて越境ながら抜擢された。自身も建築家として重要文化財の改修をしたときに、古い扉や家具など直せば使える物を、新しい物に変えてしまうことに、もったいなさを感じていたこともあり、講師を快く引き受けた。

「建築家としてアドバイスをしつつ、チームの一員となって、寝る間も惜しんで企画を作りました」

小嶋氏たちのチームは、女性が子連れで働ける仕事場を欲しがっているという話を聞いたメンバーの意見から、シェアアトリエをつくることにした。

前日は徹夜もしたという企画プレゼンは、見事に成功。審査する側の空き家のオーナーや役所の上席たち、出席者全員が感動してくれた。

「そんなに感動してくれたことに、こちらが驚きました。そして改めて子供と一緒に働ける場所の必要性を感じたんです」

古いアパートをリノベーションしたシェアアトリエ「つなぐば」

共に経営者だった両親の元で育った小嶋氏は、女性だけが家を守るという考えがもともとなく、むしろ子育てしながら働くのが自然に感じていたという。

プレゼンを通じてメンバーの一体感も生まれ、プロジェクトが本格始動したが、準備を進める中ではピンチもあった。場所を貸してくれる予定だった元呉服屋が、契約前日に火事になってしまったのだ。「正確にいえば、店舗裏の母屋が火事に遭ってしまいました。そのため元店舗に大家さんが住むことになり、話はなくなりました」。不運としかいいようがないが、めげずに物件探しを始めた。なかなか見つからなかったが、半年が過ぎた頃、今のオーナーから役所に「空き家の目立つアパートを、市で利用してくれないか」という話が持ち込まれた。

「公園も目の前で広々として良かったのですが、草加市がリノベーションのエリアとして限定していた場所からもだいぶ外れ、駅からも遠いのがネックでした」

昭和感のあるアパートには、元呉服屋の店舗のような味わいもなかった。すぐには決断できずにさらに半年が経ったが、リノベーションスクールの指導役から、「物件ばかりに目がいっているが、大切なのは事業」とアドバイスを受けたことで、決心がついたという。

古いアパートをリノベーションしたシェアアトリエ「つなぐば」

最初の一歩が踏み出せれば次の一歩は加速していく

場所は決まったが、店舗からアパート一棟に変更になったぶん、面積は3倍に増えた。潤沢な資金もない。そこで、リノベーション費用を抑えるため、できるところはメンバーで行い、使える物は釘一本から再利用した。さらに餅つき大会などイベント付きで、地域の人や知り合いにも手伝ってもらった。

「作業では、DIY(Do It Yourself)ではなく、DIO(Do It's Ourselves)という言葉を掲げました。みんなで欲しい暮らしをつくろうという意味です。最初は参加者もぎこちなかったけれど、最後には率先して作業をしてくれて。その姿を見て、本当にうれしくて涙が出ました」と小嶋氏は朗らかに笑う。手伝った地域の人にも、きっとその思いが通じたのだろう。

「つなぐばは、"仕事につながる""母親とつながる""地域につながる"をコンセプトにしています。ここで、自分たちの暮らしに良い影響を与える循環を目指していきたい」。開業から約1年で、利用者も60組を超えた。そのほとんどは、口コミだ。ここでは他の業種の仕事ぶりも目にすることができる。異業種同士の出会いが新しいビジネスにつながったこともある。さらに、いろいろな仕事に触れられる場は、子供たちの学びにも役立っているという。

テーブルスペースの中央に配置された畳の小上がり。子供が絵本を読んだり、遊んだり自由にできる。大人にも人気のスペース

「利用している女性に話を聞くと、お金を稼ぐ目的だけではなく、やりがいやコミュニケーションを求めている方がすごく多い。その意味では、ここはお母さんたちが気兼ねなく一歩を踏み出せる場所です。勇気を持って踏み出せれば、二歩目からは意外に加速しますし、周りには困ったらアドバイスをしてくれる仲間もいます。アドバイスした方も良い刺激になるらしく、相乗効果も生まれています」

女性たちが集える環境をつくり、ときには相談に乗り、一人一人のペースに合わせて併走していく―。小嶋氏の温かく包み込むような人柄と思いがそのまま「つなぐば家守舎」という社名に表れている。「みんなで一緒に手を取り合って歩んでいけるような場所になり、小さな幸せが広がっていくのがいいなと思っています」。という言葉がひときわ印象的であった。

暮らしの近くで生まれる、女性たちの小さなビジネス。それは彼女たちの一歩だけでなく、今後の日本の新しい働き方や地域活性化の一歩でもある。

テーブルスペースの中央に配置された畳の小上がり。子供が絵本を読んだり、遊んだり自由にできる。大人にも人気のスペース

※本ページの内容は取材当時のものです。

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