ここにこの人あり

起業を目指す女性の"はじめの一歩"を応援する
「好きなこと × 地域にいいこと」で
小さく起業する"フツー"の人を支援

好きなことで"ナリワイ=小さなビジネス"を生み出す人を増やす「ナリワイ起業講座」を山形県鶴岡市で始めた井東敬子氏。そのテーマは、「自分のほしい未来は、自分たちで作ろう!」。その活動は今や全国へと広がっている。
広報誌「日本公庫つなぐ」20号でもご紹介しております。

鶴岡ナリワイプロジェクト 代表 井東 敬子氏

鶴岡ナリワイプロジェクト 代表
井東 敬子(いとう けいこ)

1987年大手旅行代理店に入社。順調にキャリアを重ねていたが、将来に疑問を抱き退職。1996年地元山形に戻りNPOで国際協力支援活動などに携わる。1999年ホールアース自然学校に転職。自然体験・環境教育の指導者となる。2006年体験学習などを企画するリードクライム株式会社を設立。2011年山形県鶴岡市に家族で移住。2012年鶴岡食文化産業創造センターアドバイザーに就任。その経験を生かし、2015年鶴岡ナリワイプロジェクトを設立、現在に至る。

野の草花などを使ってフラワーアレンジをする花のアトリエや、地元の食材を使った菓子工房、出前宇宙講座など、山形県鶴岡市では個性的な事業を展開する小さな起業家が増えている。こうした「好きなこと×地域にいいこと」で起業する人を支援する講座を開いているのが、鶴岡ナリワイプロジェクト代表の井東敬子氏だ。

井東氏の前身は、実に多彩である。東京での大手旅行代理店勤務を経て、地元山形に戻りNPOでの国際協力支援活動を行う。その後、静岡に移り住み、ホールアース自然学校で自然体験・環境教育の指導者として延べ2000人以上を指導。その経験を生かし、自然体験を企画する会社を東京にて起業する。中でも、自然学校での経験が人生の転機になった。

「富士山の麓で、修学旅行生たちなどを引率して青木ヶ原樹海にある火山洞窟を巡るツアーガイドをしていました。ツアーガイドは、動植物の知識、サバイバルスキル、話術などさまざまなことが要求されますが、経験もなく全くゼロからのスタート。社長はヤギやニワトリを飼い、自然との共生を大切にしている人で、"ないものは作る"がモットー。仕事も"できない"は通らないところでした。初めは自分の仕事ぶりの不甲斐なさに、夜は布団をかぶって泣いていました」

月日が経つにつれ、経験も度胸も徐々に増していき、最終的には「愛・地球博」という大舞台で、約100名のスタッフと54万人の来場者に、森の魅力を伝える。

半年間、毎日奮闘し、ここでの仕事はやりきったという思いが湧き上がり、次のステップへと進むタイミングだと感じた。「社長が言っていた通り、ないものは作ればいいし、やってみればいい。ほとんどの人の能力なんてさして変わらず、なんとかなる」と、6年間の経験を通して心の底から思った。

好きなことで起業して社会や地域との接点を作る

自然の中で遊ばせてくれる保育園が鶴岡市にあると知り、2011年、家族で移住。そこで、もう一つの転機が訪れる。井東氏の経歴を知った市役所の課長が、「鶴岡市はユネスコの"食文化創造都市"への登録を目指している。鶴岡の食文化を体験するツアーを企画したが、意見を聞かせてほしい」と訪ねてきた。そこで率直に意見を言ったことが買われ、2012年から3年間、鶴岡食文化産業創造センターのアドバイザーを任された。ここでのミッションは、"食から職へ"を合言葉にした雇用の創出だった。

起業講座中の風景。互いの得意なことや好きなことを組み合わせて支え合いながら起業する。まさに部活のようなにぎわい

「そんな短期間で起業家なんて増やせるだろうか」と悩んでいた時に目に留まったのが、本棚にあった日本大学工学部教授(当時)の藤村靖之氏の著書『月3万円ビジネス』だった。この本には、特別な資本や技術がなくても、人や社会にいいことをして月3万円稼げる小さなビジネスを複業すれば、心も豊かに暮らせると書かれていた。「これだ!」と思い、早速、栃木県那須町のご自宅に伺い、講演会を依頼。ワークショップも開き、企画自体は大盛況だった。しかし、気が付くと1年目の終わりに起業した人は皆無だった......。

「参加者たちに『なぜ起業しないのか』と聞くと、『お金をもらうようになると文句も言われるようになる、一人では心細い』という声がありました」。ならば、「一人ではなく、仲間を集め、部活のようなノリで、参加者を一斉に起業させよう」と思い立った。

このアイデアを生かした2年目は、参加者にやりたいことをプレゼンテーションしてもらい、賛同者を得た10個の部活ができた。これがナリワイ起業講座の原点になる。

3年間の契約が終わった後も、この活動を続けていこうと決め、2015年に鶴岡ナリワイプロジェクトを設立。最初の2年間は、(公財)トヨタ財団の助成金も受けた。当初はスタッフも雇っていたが、今は自分だけで運営できる参加人数に絞り、あえて事務所も持たないフリーなスタイルでの活動が気に入っている。

起業講座中の風景。互いの得意なことや好きなことを組み合わせて支え合いながら起業する。まさに部活のようなにぎわい

「特技がない」という人も能力を発揮するようになる

「現在講座は全5回。参加者は多くても6人。起業講座といっても事業計画書の書き方や経営の心得などを教えるのではなく、参加者が自分の得意とすることや思いを話し、お互いに意見やアドバイスをする。私はそのまとめ役。最終回では必ず小規模でもイベントを開き、そこでお金のやりとりを経験して、起業の第一歩を全員で踏み出してもらいます」。設立以来、約6割の卒業生がなんらかの形で起業している。

2019年、志を同じくする埼玉県杉戸町で活動中の矢口真紀氏と井東氏が共同代表として「わたしごとJAPAN」を設立

「あんなにダメだった私も自然学校で変われました。自分のほしい未来がないのなら、自分で作ればいい」と井東氏。「特に田舎の町は、自分たちの基準や考え方から少しでも外れた人は、受け入れられにくく孤立しがちです。最初は『自分にはそんな特技がない』と言っていた受講生も、自分がやりたいこと、好きなことで起業し、社会や地域に接点を持つことで、自分でも意識していなかった能力を自然と発揮できるようになります。その人の個性や特技を生かして輝かせること、主体的に動けるようになる人に変わっていくのを手助けすることが、私のやりがいです」。だから、地域に役立つソーシャルビジネスにこだわる。

井東氏のこうした小さく起業する考えは、お金だけを目的にせず、自分らしく働く新しいビジネススタイルとして「わたしごとJAPAN」という全国ネットワークへと広がり始めている。

「好きなことがあったら、突き詰めて掘り下げていくべき。起業はそこから始まるし、仕事をやる上でも、好きという気持ちが勝っている人の方が、より良いものを提供できると思います」

2019年、志を同じくする埼玉県杉戸町で活動中の矢口真紀氏と井東氏が共同代表として「わたしごとJAPAN」を設立

※本ページの内容は取材当時のものです。

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