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「当たり前」のことに粘り強く取り組んで事業再生。
決して景気が良いとは言えない酒蔵の事業。乗り切ったのは、会社員時代の経験である。
「日本酒には物語がある」と語ることができるのは、ものづくりを楽しんでいるからである。
転換期
大企業の社員から蔵元の経営者へ
1973年をピークに生産量が減少傾向にある日本酒業界。嗜好品や生活習慣の変化に加え、杜氏の高齢化や蔵元の後継者問題など、日本酒をめぐる状況は厳しい。そのような中、武知直之さんが大正時代から続く「酒六酒造」を継いだのは2013年。
先代である義父の急逝により、後継者として白羽の矢が立った直之さんは、大手電機メーカーを退社し六代目として事業を引き継ぎ創業。当時の経営状態は、日本酒業界全体と変わらずに厳しく、まさにマイナスからの出発だった。
それでも「事業を立て直す方法論は、サラリーマン時代の経験と、それほど違いはなかった」と武知さんは言う。
「会社員時代、製造改革プロジェクト参画などを通じて、個別事業P/L管理などの経営管理は経験していました。そこでまずは商品毎の原価率/貢献利益を出した上で仕人先などを見直し、コスト管理を徹底しました。会社員時代とは畑違いの業種ですが、原料を仕入れて加工し、付加価値をつけて適正な価格で売ればちゃんと利益が出るという、製造業の当たり前の道筋に変わりはありませんでした」
気づき
酒六酒造の強みを活かす
利益を生むことができるかどうかは、「付加価値をどうつけるか」にかかっているのではないだろうか。そこは酒六酒造の本来の強みが生きた。
晩酌に普通酒が飲まれていた昭和の時代から、同社は純米酒や大吟醸などの「特定名称酒」を開発し続けてきたのだ。専務取締役を務める妻の美佳さんは言う。
「日本酒を女性が飲む文化がない頃から、先代は女性に日本酒を飲んでもらおうという視点を持ち、ラベルや瓶の色にもこだわりました。その流れを汲んで、味わいとしても女性に喜んで頂けるような優しい甘みのある純米酒や地几の特産品であるぶどうを使ったリキュールを開発しました」
海外における日本食ブームなどにより、特定名称酒が売り上げを伸ばす今、酒六酒造の自社ブランド酒「京ひな」はまさに「付加価値」となる。しかも地元産の酒米やぶどうを使うことで、地域産業の活性化にも貢献できる。それはすなわち、同社の酒のブランディングにもつながるのだ。
さらに「酒はおかわり需要が大事。美味しいと感じてもらえれば次も注文してくれる」と、取引のある特約店と共同で、こだわりのある飲食店など、同社の酒のイメージにあった店での「お酒の会」などのイベントを通して「京ひな」ファンの獲得にカを人れた。その発想は、武知さんのサラリーマン時代の経験が生きている。
「僕はネット関連部署の経験もあるのですが、ウチの酒は量も限られていますし、SNSで発信してネットでどんどん売るのは向かないと考えています。そこで、実際に口にして頂く機会を大切にし、お客様を丁寧に増やす努力を惜しまないようにしています。ホームページも、ネット販売機能は持たせず、イベント情報や商品カタログ、連絡先を載せているだけ。『見つけてもらう隠れた酒蔵』のイメージでしょうか」
酒はコモデイティ化した商品ではなく、土地の特徴や造り手の人柄、酒蔵が持つストーリーを伝えることが大事だという。コスト管理の一方で、原料となる酒米をグレードアップするなど、ブランディングにもつながる品質向上施策も併せて実施。専門家や、民間金融機関などの協力も受けながら、1年半で黒字転換を果たしたのだ。
北海道、東京、大阪、九州など、県外の試飲イベントにも積極的に参加している。
「京ひな」の各銘柄に共通するコンセプトは、「品のある食中酒」。
新展開
経営の見える化、そして品評会での受賞
コスト管理を徹底する過程では、痛みを伴う。従業員の給料削減となれば、その後の経営にも影響しかねない。武知さんはどう乗り切ったのか。
「従業員には経営状態を説明すると同時に、今後の経営計画も明らかにして、今後について選択してもらいました。杜氏と蔵人(酒造りに関わる人)は季節雇用ですが、そこに私も加わり、まさに寝食を共にしながら酒を造っています。さらに公私共にパートナーである家内とも、『次の100年も生き残る蔵になるにはどうしたらいいか』を常に語り合っています。周囲の方々は、最初は様子見だったと思いますが、代表就任から2年目の2015年に『SAKE COMPETITION』全国6位のGOLDを受賞した頃から認めていただけるようになりました」
さらに武知さんは、酒蔵経営は、経営とものづくりの両輪で考えることが必要と語る。
「コスト管理をする前提で大事なのは決算書の『見える化』です。特に仕訳をしっかり見直せば、商品別の原価や貢献利益が明確になり、赤字商品を廃盤にする等の経営判断ができます。従業員の多くは、私よりも一周りも二周りも年上の方々です。そうした方々が管理会計的な視点に立てる資料も作って一緒に方針を考えたことが、会社の成長を我が事として喜べるチームとしての一体感を高められた要因のひとつかもしれません。また、新しい醸造機器に投資ができるようになった今も、コスト管理の軍要性は高まるばかりです。効率的に資金調達して有効活用をすることは、ずっと考え続けるべきです。
一方、ものづくりの楽しさも経営の大事なモチベーションです。酒造りにおける自然発酵はまだまだ科学で解明されていない部分も多く、エンジニア出身の自分にとっては畏敬の念さえ覚えてしまいます。ただ、悩んだその先にある「美味しいお酒」には、人のコミュニケーションを密にしたり、幸せになったり、悲しみが癒やされたりする世界があるところが一番魅力的なんです」
「京ひな」は他にも「インターナショナル・ワインチャレンジ」ゴールド賞や「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」最高金賞を受賞している
武知 直之さん
たけち なおゆき
大正9年、江戸時代より木蝋で栄えた内子町の8人の酒造家が集まり、前身となる蔵が誕生。昭和16年に引き継いだ酒井繁一郎氏が「酒六酒造」と社名を改め、今日に至る。「京ひな」は平成27、28年度「全国新酒鑑評会」で金賞を受賞するなど、かねてから高品質の日本酒を醸造する酒蔵。2013年より代表取締役。 |
Campany info
酒六酒造株式会社 |
※内容は2018年10月時点のものです。