有識者へのインタビュー

ソーシャルビジネスも
事業計画が大事!

NPO法人日本ファンドレイジング協会 常務理事 鴨崎 貴泰

NPO法人日本ファンドレイジング協会 常務理事鴨崎 貴泰

グロービス経営大学院卒業(MBA)。環境コンサルティング会社を経て、2009年公益財団法人信頼資本財団に設立時より参画し事務局長を務め、社会起業家に対する無利子・無担保融資事業やNPOのファンドレイジング支援事業を行う。

2014年NPO法人日本ファンドレイジング協会へ入職し事務局長を務め、2019年からは常務理事も兼務。2020年5月からは合同会社シッカイヤを創業して代表に就任。SIBの日本導入や社会的インパクト評価・マネジメントの推進などに従事。

ソーシャルビジネスと営利事業で、事業計画の構成要素や策定目的に関して、違いがあれば教えてください。

ソーシャルビジネスも営利事業ですので、大きな枠組みで言えば違いはありません。1つ違う点があるとすれば「事業の目的」です。ソーシャルビジネスはその名の通り、「社会課題の解決」をビジョン・ミッションに掲げています。しかし、通常の企業体でも昨今はSDGsに代表されるような社会課題を事業目的に掲げているところもあり、大きな違いはなくなりつつあります。事業計画の策定も項目が変わるくらいで、特に変わるところはありません。ソーシャルビジネス、NPO法人に関わらず、事業計画の策定は極めて重要です。

策定した事業計画は、ソーシャルビジネスの経営上、どのような場面で活用することができますか。

事業によって生み出したい社会的な変化、それをわれわれは社会的インパクトとか、アウトカムとか呼んでいます。ソーシャルビジネスでは日々の運営の中で、社会的インパクト、または社会課題解決が実際に行われているのかを常に気にしながら事業を行うのです。そのとき、立ち戻るべきものが事業計画書です。社会的インパクトと事業計画とを照らし合わせ、評価を入れながら行ったり来たりすることが大切です。

一般に事業計画書の中にはKPI (重要業績評価指標)とか、KGI(重要目標達成指標)とか掲げられていることが多いかと思います。社会的インパクトの効果測定はどうしたらよいでしょうか。事業計画を策定する際に「ロジックモデル」を作るとよいです。

下図の就労支援を例にロジックモデルを紹介します。最終目標(KGI)はここでは「就労状態の定着・経済的自立」です。そのためには「一般就労」しなければなりません。一般就労するためには、「生活面」「社会面」「就労面」それぞれの目標を達成すれば、一般就労に近づいていきます。このように論理展開し、事業の設計図として作っていきます。そして、それぞれの項目をKPIに落とし込み、それらの数値をモニタリングしていきます。

就労支援ロジックモデル 図

就労支援ロジックモデル

ここで大切なことは、事業の「結果」と「成果」を分けて考えることです。例えば、顧客数を伸ばすという目標に対して減った、増えたというのは結果です。これに対して、受益者(顧客)にどのような価値が生まれたのかが成果です。就労支援プログラムの場合ではプログラムに参加することが成果ではなく、参加することで事業の目的である就労状態が定着・経済的自立したかどうかを見ていく必要があります。

結果と成果をきちんと切り分け、社会的インパクトを測定するためには、ロジックモデルを事業計画の中に取り組むと分かりやすくなるのでお勧めです。

社会的インパクト、あるいは事業計画書は数値(金額)で表すことができるものも多くあります。数値で事業計画が立てられるのは、営利でも非営利でも、ソーシャルビジネスでも変わりません。ソーシャルビジネスでも社会的なインパクトを測る指標として「売上」を使う場合が多いです。売上=受益者(顧客)に提供している価値ですので、顧客がサービスを購入することで、顧客が抱えている問題が解決されているという代替指標と見なすことができます。売上が伸びれば伸びるほど、顧客が増えれば増えるほど、社会課題が解決されていると考えられます。ただし、数字の裏側に単なる結果ではなく、どのような成果が含まれているかは十分に理解しておく必要があります。提供している価値の中身が大事なのであって、それを理解していればKPIとして顧客数を使うことも十分にできます。

策定した事業計画は、NPOと一般企業が協働する場面では、どのような活用が期待できますか。

NPO法人やソーシャルビジネス単体で価値を生み出さなくてもいいわけです。価値を生み出せる効果的な連携パートナーがいた方が、より価値を生み出しやすい場合があります。特に社会課題は「環境」をはじめ、「貧困」「教育」など大きなテーマが多いので、単体のNPO法人やソーシャルビジネスだけで解決できることばかりではありません。

協働するうえで大事なのは、共通の目指すべき価値を明示することです。このときにも「ロジックモデル」が使えます。ロジックモデルは事業や活動によって生み出したい価値をまとめたものです。例えば、あるプロジェクトにおいて、このような価値を実現したいと明示したうえで、この価値を実現するために自分たちのリソースだけでは足りないので、得意なリソースを持っている、強みを持っている企業や行政などさまざまなプレイヤーに集まってもらい、共通の価値を生み出していきましょうと提案をします。目指すべき価値は何かを説明してしながら協働を持ちかけていくと説得力があり、協働をするうえで目線を合わせることができて失敗するリスクを減らすことができます。

まだ事業計画を策定していない方は、何から始めたらよいでしょうか。

まず自分たちの事業目的を明文化してみることです。何のために事業をしているのか。それを価値としたときに、その価値をどのようにして生み出しいていくのかが事業計画になります。持続的に経営していくことを可能とする財務基盤の確保も事業計画に入ってきます。

気をつけなければならないのは、事業計画を作るうえで事業目的やビジョン・ミッションは一般的に抽象的な言葉になりがちです。果たして、従業員・スタッフの方々と共有できるかが問題となります。共有するためには、価値に転換していくアプローチが有効です。顧客の課題を具体的に解決するというのはどういう状態かという問いに対して、「こういう状態です」と答えられるもの、これを「価値」と呼びます。顧客に提供する価値は何かがきちんと共有できていれば具体性は増していきます。

われわれ協会のロジックモデル研修でも、まずは「どのような目的で、誰に、どのような価値を提供する事業ですか」という当たり前の質問から入ります。NPO法人やソーシャルビジネスの場合、壮大なミッションを掲げているところが多いですが、その壮大なミッションと日々の活動がうまくつながっていないという団体さんが非常に多いです。経営者や創業者は頭の中でつながっているのですが、働いているスタッフの方々には共有されていないことが多いのです。ビジョン・ミッションと日々の活動がどのように論理的につながっているのか、体系的に説明したのがロジックモデルです。研修のロジックモデルを作るワークでは、スタッフの方から経営者の言うことが初めて理解できたという声をたくさん頂いています。

事業計画の策定支援に関するNPO法人日本ファンドレイジング協会の取組みについて教えてください。

日本ファンドレイジング協会はNPO法人で、2009年に設立されました。社会的問題を解決することを目的とする非営利組織(ソーシャルビジネス含む)の資金調達をすることをファンドレイジングと言います。同様の協会は全世界にあります。

事業の大きな柱として「認定ファンドレイザー」資格認定制度があり、ファンドレイザーというファンドレイジングのプロを育成しています。ファンドレイザーはNPO法人や公益法人等の資金調達の実務やマネジメントを行います。資金調達には、寄付や会費、助成・補助金、融資、社会的投資などがあります。

ファンドレイザーの資格には経験を問わない「准認定ファンドレイザー」と、その上位資格である有償実務経験3年以上を必要とする「認定ファンドレイザー」の2つあります。21年4月までに准認定ファンドレイザーは1,304名、認定ファンドレイザーは158名の方が活躍しています。また、1日の基礎研修を受講された方は5,353名います。

協会では、直接の相談やコンサルテーションは行っていません。ここは明確に区切りをつけており、会員の方でしたら直接、ファンドレイザーの方を紹介しておりますし、Webサイトではファンドレイザーの略歴や実績を紹介しています。

もう1つの柱がファンドレイザー育成のための研修事業です。ファンドレイザーを目指す人や、NPO法人の経営者やスタッフ向けの研修を行っています。ここでは、ファンドレイジングだけではなく、事業目的をはじめとするマネジメント全般を勉強することができます。これまでに何度も出てきた「ロジックモデル」の研修もこの一環です。NPO法人の方からは、研修を受けて初めて自分たちの仕事の意味が分かったという声を多く頂いています。経営者とスタッフでは隔たりがあり、その解消にも役立っています。

ファンドレイジングのフレームワーク 図

ファンドレイジングのフレームワーク(出所:日本ファンドレイジング協会認定ファンドレイザー® 必修テキスト)

事業計画を策定しようとする中小企業に向けたアドバイスをお願いいたします。

事業目的・ビジョンを社会的価値とか、社会的インパクトという言葉に変換しながら目標設定することに尽きると思います。ここが甘いと事業計画の抽象度が高くなり、実際の事業との乖離が生まれてしまいます。事業者が、本当に社会的インパクトが生み出されているのかを確認しないまま事業を行っている例が非常に増えています。エビデンスを伴わないまま、過大に社会的インパクトが出ているようなコミュニケーションをしてしまったり、逆にネガティブなインパクトを隠蔽してしまったりという恐れがあります。

ビジョン・ミッションから生み出される社会的インパクトを確たる意図をもって設定し、その成果をしっかりモニタリングするというプロセスが大事です。外部に対してきちんとコミュニケーションできる取り組みをすることが、ソーシャルに事業をするうえでとても大事だと思います。

モニタリングというと大変な気がして、「余力がない」「人がいない」「お金がない」という声が上がります。そんな大袈裟に考える必要はありません。日々の活動の中で取れる、得られる情報がモニタリングの材料です。それ以外はありません。お客さまや支援対象者の反応や効果は、直接ヒアリングするとか、アンケートなどで取れると思います。日々の活動の中で、事業の目的から考えたときにこういう成果を確認していくべきだなという情報は現場にあります。これを拾っていく、注意を向けていくという作業です。コツとしては、皆さんの負荷なく、情報が自動的に集まる仕組みとか、事業プロセスの中にデータを取るというプロセスを内蔵した計画を立てることです。

NPO法人日本ファンドレイジング協会
https://jfra.jp/

ページの先頭へ