有識者へのインタビュー

SDGsは中小企業が社会の変化を
早く掴むためのヒント

株式会社エンパブリック 代表取締役 広石 拓司

株式会社エンパブリック 代表取締役広石 拓司

東京大学大学院薬学系修士課程修了。三和総合研究所(現 三菱UFJリサーチ&コンサルティング)、NPO法人ETIC.を経て、2013年に株式会社エンパブリックを創業。慶應義塾大学総合政策学部、立教大学経営学部等の非常勤講師も務める。共著『ソーシャル・プロジェクトを成功に導く12ステップ』(みくに出版)

SDGsの領域で、貴社が取り組むお仕事の内容について教えてください。

エンパブリックでは、地域コミュニティの中で新しいことを始めようとする人を増やす、応援する、相乗効果を出せるように「場づくり」や講座を開いています。私共の活動は、SDGs(国連が掲げる「持続可能な開発目標」)で言えば17番『パートナーシップで目標を達成しよう』にあたると思います。では、なぜパートナーシップがSDGsに入っているのでしょうか。従来、協力関係は「縦」の関係になりがちでした。例えば、先進国が途上国を支援するなど、一方的な縦関係になりがちでした。これを対等な連携・パートナーシップに変えていこうというのがSDGsの17番です。私たちもこのような連携の仲介・サポートを行っています。

例えば、千代田区の「ちよだコミュニティラボ」に携わっています。街づくりは行政だけが行っているわけではありません。地域コミュニティや企業、NPO等も主体としてありますが、それぞれが別々に活動しがちで、同じ課題に向けて連携はあまりできていませんでした。多様な主体がどのように連携できるのか、どうしたら市民が主体的に参加できるのか。その課題に取り組んでいます。連携のプロジェクトが始まったら始まったで、考え方の違いや立場の違いなどからコミュニケーションをとっていくのは容易ではありません。そこで連携の仲介役だけではなく、運営のコツやプロセス、うまくいかなくなった時どうしたらよいのかなどのノウハウも提供しています。

これまでも連携は多数行われてきました。ただし、企業が他者と組む際、先に自分たちで考えた企画を相手にさせたいと考えがちです。行政も先にこんな施策をしたいと決めてから、このように市民に参加してほしいとしがちです。どちらも、相手に出す前に、すでに答えを出してしまっています。これはある意味仕方のないことだと考えています。これまでは問題提起だけを言うのはダメで、先に解を用意してから問題を口にすることが求められてきましたから。これは同じ社内のように文化や価値観が同じ相手ならいいのですが、文化や価値観の違う相手に対して先に答を決めてかかると衝突が起きがちです。「聞いてないよ」というのは、自分が知る前に決められてしまっていた時に出る言葉です。そうではなく、自分で答を出すよりも手前の「こんな問題意識があって、皆さんと一緒に考えたいのです」というところから始めれば、違う文化や価値観の相手とのコミュニケーションはもっとうまくいきます。問題を一緒に考える、これを私たちは「問いを分かち合う」と言っています。答えを出すばかりではなく、まず問いを一緒に考えていくことが大切だと考えています。

そうすることで、誰かが与えて、誰かが受け取るという一方的な関係から、それぞれが自分はこう考え、こうしたい、自分はこれができるということを「持ち寄る関係」に変えていきたいと考えています。市民には市民の、企業には企業の、行政には行政の得意なことがあります。異なる立場の人たちが、同じテーブルにそれぞれの強みを持ち寄りながら、一緒に考え、取り組んでいく。その中で、それぞれの得意を活かしあえるような役割分担を生み出していく。そこから対等な関係のパートナーシップは生み出されていきます。このような取り組みを私たちは「ソーシャル・プロジェクト」と呼んでおり、もっと増やしていきたいと考えています。

そして、問いを分かち合う際に、SDGsはもってこいなのです。これまで企業は企業、行政は行政として課題を設定し、解決してきました。それは企業と行政は事業の目的が違うと考えられてきたからです。しかし、SDGsという共有できる課題があることで、行政と企業、さらに地域社会も、SDGsのこのゴールを一緒に考えてみませんかと呼びかけやすくなります。SDGsが分かち合う「問い」そのものなのです。これがSDGsを取り入れているもう1つの理由です。

SDGsにはさまざまな担い手がいるなかで、ソーシャルビジネスに期待する役割について教えてください。

SDGsはそれぞれが頑張ること以上に、地域全体、社会全体で持続可能にしていこうという目標です。そのため、個々の取り組みだけではなく、地域の中でセクター横断的に協働、パートナーシップを広げていくなどのネットワークづくりが大切です。

環境、貧困、教育などの複雑な社会問題の解決に取り組むソーシャルビジネスは、行政とも企業とも地域住民ともつながりをもっていることが多く、地域の中でセクター横断的な存在です。その点から、ソーシャルビジネスは地域の中でSDGsに取り組む多様な主体のネットワークの「ハブ」になれると考えています。例えば、子どもの貧困という課題で行政や企業、NPOを出合わせ、協力して問題解決に取り組むように推進する役割を果たすことができるのです。

SDGs以前は、共通の課題や連携相手を見つけるのが認識しづらく、ネットワーク化も難しかったのです。しかし、近年は企業も行政、NPOもSDGsのどのゴールに関心があると公開しています。SDGsによって問題意識をお互いに見える化でき、つながりやすくなりました。

このことは、ソーシャルビジネスにとってチャンスだと考えられます。なぜならソーシャルビジネスの経営において、ネットワーク力はとても重要だからです。ソーシャルビジネスはSDGsを使いこなすことで、これまで関わってこなかった人を味方にするすることができるでしょう。以前は、企業に貧困問題を訴えても話を聞いてもらえない場合も少なからずありました。しかし、ゴール1に取り組んでいるという企業がわかれば、そこにアプローチすることができます。そしてSDGsをテーマにすれば話し合いのテーブルについてくれやすくなっています。

俯瞰的に見れば、地域の中でばらばらと存在していた主体をソーシャルビジネスがつなぎ役として重要な役割を果たすと思います。逆にソーシャルビジネスにとってみれば、SDGsを通して今までリーチできなかったところにリーチできるチャンスがきているのです。

周囲にSDGsをきっかけとしてソーシャルビジネスに取り組まれている方はいらっしゃいますか。

私は、Jリーグの社会連携(「シャレン!」)活動に関わっていますが、SDGsを掲げているJリーグのクラブも増えてきています。Jリーグはサッカーを通して地域に貢献していく取組みを行ってきましたが、サッカー以外に、もっと多様なテーマで地域の課題解決に役立とうとしているのが「シャレン!」です。「シャレン!」にとってSDGsは地域のパートナーづくりを進めるうえで非常にいいキーワードです。

例えば、清水エスパルスはシェアサイクル事業「PULCLE(パルクル)」に参加しています。清水エスパルスはブランド、民間企業は事業ノウハウ、行政はステーションづくりのサポートと3者それぞれが持ち寄る連携(パートナーシップ)であり、地域の共通課題をネットワーク型で解決するという好例です。最初は行政と民間企業との話でしたが、市民に幅広く利用してもらうために清水エスパルスも参加することになりました。このときも、SDGsのゴール11「住み続けられるまちづくりを」、ゴール13「気候変動に具体的な対策を」に向けた取り組みだということで、関係者や住民の理解も得やすかったのです。

一民間企業だけでは大きくならないし、サッカークラブだけで社会活動するには限界があります。それぞれが単独でやっていけば、これほど大きくはならなかったでしょう。3者が組むことでインパクトが出て、利用者が増え、SDGsのゴールに近づいていくという良い例だと思います。

地域のために役立ちたいと考えている人も企業もたくさんいます。そんな人たちにとって、SDGsのゴールにある教育や健康、福祉、まちづくり、環境問題といった地域課題を解決するために何を持ち寄れるかと考えようと呼びかけることで、さまざまな可能性が広がります。単独では難しい解決策を生み出すことができることに加えて、それぞれにとってもネットワークが広がります。そのことは取引先を増やすことにつながり、結果として自社の利益にもなり、SDGsに貢献することにもなります。こういう発想に切り替えてほしいです。

中小企業がSDGsに取り組むうえでは、どのようなことを意識したらよろしいでしょうか。

環境問題や社会問題に対して、意識が高くないといけないとか、社会課題を解決したくて事業をしているわけではない、余力がない、コストかかると思われがちです。また、自分たちで解決策を世の中に提示しなければならないと考えてしまいがちで、それだと一中小企業が環境問題や社会問題を解決するなんて難しいと感じてしまいがちです。

中小企業にとってSDGsは社会貢献、奉仕ではなく、ネットワークづくりや次のビジネスを構築するチャンスと考えてほしいと思います。

企業も行政もSDGsを掲げるようになってきた中で、関心あるSDGsのゴールを共有することを通して中小企業はこれまでつながりの弱かったところともつながっていくことができやすくなります。

いま、経済も社会も変化が激しく、環境や社会の不安定さも高まる中で、先が見通しづらくなっています。ただし、コロナ禍の中でもSDGsへの関心は高まったように、短期的にさまざまな出来事があったとしても中長期的には社会全体でSDGsへのニーズが高まっていくと考えられます。これからどのようなニーズや価値観が広がっていくのか、2030年にはどのようになっているのかを考えるうえで、SDGsはたいへん良いヒントになるはずです。

特に、大企業は脱炭素、循環型経済、人権などのサステナビリティに力を入れていくでしょう。取引先にも環境や社会への対応について求めることも増えていきます。大企業には単独で行うだけでなく、サプライチェーン全体のサステナビリティが求められていきます。中小企業とって、10年後、どういうビジネスをやっていけばいいのか、社会的ニーズに対して自分たちの事業がどう応えなければならないのか。事業の見直しのきっかけとか、問い直すきっかけとしてSDGsを使っていけば良いと思います。

私たちは「SDGsのレンズ」と言っているのですが、一度自分たちの事業を17の視点を通して見て、何ができるかなと考えてみるのです。

第三回ジャパンSDGsアワード内閣総理大臣賞を受賞した「魚町銀天街」(北九州市)の事例がヒントになります。商店街の人はいろいろな専門知識や経験をもっています。商店街はこれまで物を売る場所でしたが、SDGsで捉えてみれば、ゴール4「質の高い教育をみんなに」を商店街として使えるのではないか。そこでお店がそれぞれ自分で講座をやることにしたのです。お茶さんはお茶の知識の講座、花屋さんは花の講座。そうしたら、今まで商店街で買い物していなかった若者や親子連れが来始め、商店街の活性化に役立ちました。この商店街は、これに限らずアーケードのLED化、フードロスゼロなどの活動も行い、SDGsゴール全てに取り組むことを考えて活動しています。視点を変えるツールとしてSDGsは使うことで、自分たちの事業を見直し、潜在的な価値を見出すことができるのです。

ただし、自社をSDGsで見直すことで、自社のこの事業はSDGsの何番に貢献していますといったタグ付けをして、そこで止まってしまっている企業が多いのですが、そこで終らわせたらもったいないです。タグ付けから始めてもよいので、自社の事業がSDGsのどのゴールにつながっているか理解できたら、その活動をもっとよくできるのではないか、こういう新しいことを始めたらいいのではないか、他と連携できるのではないかと考えてみてほしいと思います。そうやって自社の課題や可能性を認識したうえで、課題解決や可能性を引き出すような動きを加速させることで、自分たちの「2030年バージョン」作りは始まっていきます。

SDGsのレンズを通して、今一度世の中を見てみよう SDGsのレンズを通して、今一度世の中を見てみよう

SDGsのレンズを通して、今一度世の中を見てみよう

中小企業がSDGsの達成のためにソーシャルビジネスに取り組む経営上のメリットについて教えてください。

企業は社会的ニーズに応えていくということが請われています。いまの時代、ニーズが成熟しているので、消費者は昔のように単純にモノが欲しいという時代ではなくなっています。例えば、昔はお菓子と言えば甘く、高カロリーでしたが、今は健康志向が重視されるように市場も変わってきています。社会が変わり、市場が変われば提供するものも変わってきます。最近のベンチャーも社会的ニーズに応える、環境・社会の課題を解決することを掲げるものが増えています。一般のビジネスもソーシャルビジネス化し始めていると言えます。

これからはこれまでの延長線上で単調に成長することは難しいでしょう。例えば、利益をあげるために環境への負荷が大きい素材を使い続ける、途上国で劣悪な環境で人件費を下げて生産するといった経済的メリットだけを考えている事業は成立しにくくなっています。経済ニーズだけではなく、社会ニーズにも応えなければならないことがより厳しくなっています。

SDGsの根本にあるのは、20世紀バージョンのままでは持続できないという考えです。その大きな動きを理解し、中小企業にとってもSDGsの視点で自分たちの事業を見直すことで、社会的ニーズに応えられるのか、可能性はあるのか、中長期的な変化に対して先取りしてほしいと思います。ただし、企業にとっては成熟した市場を作るには新しいアイデアが必要ですし、イノベーションも必要です。どうしたらいいか、分からないと考える経営者の方も多いかもしれません。そのようなときに先行して環境・社会の問題を事業化しようとしてきたソーシャルビジネスの事例は大きなヒントになります。中小企業は自社の資源を活かしてソーシャルビジネスを新しく生み出すのもいいですし、既存のソーシャルビジネスと連携して環境・社会のニーズに応えていくのもいいでしょう。

中小企業もSDGsのレンズを通してトレンドを掴み、自社の事業の「2030年バージョン」を作ってほしいと思います。

図 書籍「SDGs人材からソーシャル・プロジェクトの担い手へ」広石・佐藤著より

図 書籍「SDGs人材からソーシャル・プロジェクトの担い手へ」広石・佐藤著より

SDGsに取り組む際にありがちな失敗例と、それを踏まえた読者へのアドバイスをお願いいたします。

中小企業のSDGsを考える際、ありがちなのは、(1)自分たちには関係ないと思う人、(2)自分たちは前からやってきていると思う人、と2つのパターンです。SDGsのゴールを事業にタグ付けし、自分たちの事業はSDGsに対応していると分かったというところで終わっている企業は意外と多く、そういう会社の経営者からは、手間暇かけてやったのに何も生まれないし、何のメリットもないという声が聞かれます。事業とゴールとの紐づけから始めるのはいいことなのですが、そこで止まらず、もう一度自分たちのやってきたことを見直して、これからの社会でどのようなニーズが高まってくるのか、自分たちはどこを変えなければならないのかを考えることが大事です。

もう1つ、悪いところはなるべく出したくないという気持ちが根強いことが課題になります。自分たちの課題を直視しないで、何かいいことをしたいというパターンが多いです。SDGsに向き合うことは自社の事業にさまざまな課題が関係していること、自社として十分にできていないことを浮かび上がらせるという側面があります。そうすると、悪いところは見たくない、できていないと内外に知られたくないと考え、表面的にSDGsをなぞるような取り組みに終始してしまうのです。

これらの姿勢のまま取り組んでいると、ホームページでSDGsはやっていますと伝えておいて、他の事業はSDGsと真逆のことをしていたり、トップはきれいなことを言うけれど、現場がついてきていなかったりするようになってしまいます。いまの時代、こういうのはすぐに見透かされてしまいます。トップのメッセージ、既存事業とSDGs活動との間に一貫性があるか。トップと社員の間に一貫性があるのか。この「一貫性」がとても大事です。

やはり、社会が大きく変わっているという認識があるかどうかです。これまでの対応で満足しているのは、これから社会ニーズが変わっていく、問題の深刻化が進行していることをきちんと認識できていないからです。10年くらい前まで気候変動と言われてもピンと来ない人が多かったのではないでしょうか。しかし、ここ数年、大きな被害を経験し、ほとんどの人が気候は変わってきており、何か手を打たないといけないと思っていることでしょう。その中で、気候や環境の問題はよくわからない、脱炭素という言葉は知らないと経営者が口にしていると、その会社は社会のことが見えていないと思われてしまうことでしょう。

いまの市場環境で、いまの仕事をしていて10年後、20年後やっていけると思っている企業には未来がないと思っています。社会の不安は増しています。これから起きる変化を先取りして対応しなければなれません。でも変化はいつ起こるかわかりません。中小企業が変化を早く掴むためのヒントにSDGsをぜひ使ってほしい。SDGsには社会的ニーズが詰まっていますから。

株式会社エンパブリック
https://empublic.jp/

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