気分に合わせて選べる洗顔せっけん

商品開発 差別化

(株)スパークレール

(株)スパークレール 代表取締役 水井貴之
代表取締役
水井みずい 貴之たかゆきさん
代表者
水井 貴之
創業
2013年
資本金
1,000万円
従業者数
8人
事業内容
洗顔せっけんの製造販売
所在地
東京都目黒区中目黒1-1-17 LANTIQUE307

(株)スパークレールは、原料や製法にこだわった洗顔せっけんを製造し、肌荒れに悩む人やしっとりとした洗い上がりを好む人などから支持されてきた。社長の水井貴之さんは、製造技術や企業イメージを守りながら新たな商品を開発し、ブランディングに取り組むことでファンを増やしている。

製法にこだわる

同社は、母の洋子さんが設立し、親子2代にわたって手作業で一つ一つせっけんをつくってきた。自社サイトでオンライン販売するほか、雑貨店やセレクトショップなどに卸している。

同社のせっけんは、製法に特徴がある。一般的に用いられる中和法は、あらかじめ油脂を分解して得られた脂肪酸と水酸化ナトリウムを加熱しながら混ぜるもので、短時間に大量製造できる。一方、同社が採用するコールドプロセス製法では、油脂と水酸化ナトリウムを40~50度の低温で混ぜた後、1カ月半かけてじっくり成分を中和させ、水分を飛ばしていく。この工程を「熟成」といい、温度や湿度を一定に保った空間で熟成させると、肌当たりの良いせっけんができる。熟成期間が長い分、大量生産には向かないが、熱による成分へのダメージが小さく、配合したオイルや保湿成分のグリセリンが残りやすいのがメリットである。

肌荒れに悩む洋子さんがコールドプロセス製法によるせっけんづくりを始め、完成させたのが「CAMPHRIERカンフリエ」である。購入したいという声が知人から寄せられたため同社を設立し、販売を開始した。CAMPHRIERは、国産の椿油や米ぬかオイルといった植物オイルをたっぷりと配合した無添加のせっけんで、肌に優しく保湿力に優れている。肌質に合わせた9種類の商品がある。1個1,200~1,500円と一般的なせっけんに比べて安くはないが、品質の高さが評価されており、根強いファンがいる。

肌の悩みに合わせて選べるCAMPHRIERのせっけん
肌の悩みに合わせて選べるCAMPHRIERのせっけん

メッセージを加える

貴之さんが事業を継いだのは、2023年のことだ。高齢になった洋子さんから、事業の今後について相談されたのがきっかけだった。話を聞くと、いつかは事業をたたもうと思うが、数百人の固定客がいるためいつまで続けるべきか悩んでいるという。愛用してくれている人がこれほどいるのに、やめてしまうのは惜しい。そう考えた貴之さんは、思い切った決断を下す。当時、ブライダル関連のITサービス会社を経営していたが、経営に物足りなさを感じ始めていたこともあり、会社を売却して洋子さんの事業を引き継ぐことにした。

この頃には、大手のバス用品メーカーもコールドプロセス製法によるせっけんの製造に乗り出すようになっていた。製法だけでは戦えないと感じた貴之さんは、新たなせっけんを開発し、これまで力を入れてこなかったブランディングに取り組んで、顧客層を広げようと考えた。

ターゲットは、既存の顧客に多い50歳代ではなく、30~40歳代の女性に決めた。スキンケア製品を選ぶ基準について年代別にリサーチすると、ブランドの知名度よりも成分や品質を重視する傾向が強いことがわかり、原料にこだわった品質の高い商品を提供する同社のスタンスに合っていると考えたのだ。

ここに、既存の商品にはない価値を加えられないか。考えたのが、従来の「肌質に合わせて選べる」に加えて、「気分に合わせて選べる」というコンセプトだ。30~40歳代は、職場では上司としての役割を任され始める一方で、部下としての役割も求められる年代である。プライベートでは結婚や出産を経験する人もおり、妻や母といった役割もある。期待される役割をいくつももつ人たちが、そのときの気分に合わせて選んだせっけんで洗顔し、そうした役割から解放されたような気分になれる、そんなメッセージを商品に乗せることにした。貴之さん自身もターゲット層と同年代であり、仕事や家庭で役割をもち始める友人の姿が発想のヒントになった。

洗面台の前に立つたびに、心がほぐれ、肩の荷が下りるかのような喜びを演出したい。そのためにこだわったのは、デザインと香りだ。CAMPHRIERの製法をベースに、置いているだけでも心が安らぐようなアーティスティックなデザインと、リラックスできる香りを併せもつせっけんを目指した。熟成させる過程で色や香りが変化してしまうこともあり、配合を調整しながら何度もつくり直して完成させた。

こうして出来上がったブランドが「mueミュウ」である。模様や香り、込められたメッセージが異なる7種類の商品をそろえた。例えば、「signpost」(道しるべ)は、落ち着いた青色のマーブル模様のデザインで、草原をイメージしたさわやかな香りのせっけんだ。悩みを抱え立ち止まってしまった自分を洗い流し、再び歩き出せるように、というメッセージが込められている。「dawn」(夜明け)は、オレンジ色のグラデーションのデザインに、マンダリンオレンジのすっきりとした香りを配合しており、心地良い朝の目覚めを助けるせっけんである。

気分に合わせて選べるmueのせっけん
気分に合わせて選べるmueのせっけん

ワークショップで顧客のファン化を目指す

商品が出来上がると、SNSでコンセプトや製造の様子を発信したり、展示会に出たりして販促を行った。価格は1個2,480円とCAMPHRIERよりも高めの設定だが、コンセプトに共感し、ギフトや自分へのごほうびとして購入する人が少しずつ増えていき、ポップアップショップでの販売や小売店への卸など、販路も広がっていった。貴之さんはその後も、新商品の開発を続けている。美容液を混ぜ込んだバーム(半固形)タイプや、せっけんの形を整える際に出る端材を活用したパウダー(粉末)タイプなど、商品のバリエーションが広がっている。

開発と並行して新たに始めたのが、せっけんづくりのワークショップである。商品を使ってもらうだけでなく、もっと近い距離でブランドに触れる機会を提供することで、ファンを増やそうと考えた。会場は、中目黒の本社のなかにある工房だ。1回2時間、定員は8人で、月に2回開催している。「自分で色や模様を選び、世界に一つだけのせっけんがつくれて楽しかった」「原料をすべて自分の目で確かめられて安心できた」などと好評で、3カ月先まで予約がいっぱいだという。ねらいどおり美容に関心がある人やワークショップを楽しむ親子などが多く訪れており、mueのファンは着実に増えている。

ブランドにじかに触れられる場は、顧客のことを知る場にもなる。貴之さんは今後、コアなファンのコミュニティをつくり、工房で新商品の体験会などを開催することも考えている。ファンの意見を商品開発に取り入れ、ともにブランドをつくっていくためだ。市場が成熟し、商品の機能だけでは差別化が難しくなるなか、同社は機能以外の特徴や体験価値を商品に付加することで、確かに顧客の心をつかみ、何度でも選ばれるブランドをつくり上げていく。

オフィスに併設された工房
オフィスに併設された工房
(柴山 光歩・2026.7.31)

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