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中小企業の現場から -Case Studies & Reports-
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島での関係性を深めビジネスを育てる
(同)te to ba
代表社員
村野 麻梨絵さん
代表者 | 村野 麻梨絵 |
---|---|
創業 | 2018年 |
資本金 | 300万円 |
従業者数 | 3人 |
事業内容 | カフェ、セレクトショップ、結婚式プランニング、ホステルなど |
所在地 | 長崎県五島市富江町富江323-5 |
電話番号 | 0959(86)0750 |
URL | https://www.tetoba.net |
地元の食材を使った料理や五島ならではの商品を提供
長崎県西部に位置する五島列島の福江島。かつてサンゴやカツオの漁で栄えた富江町に、築およそ140年の空き家を改修したカフェがある。手がけるのは(同)te to baである。同社はカフェのほかにも、セレクトショップ、結婚式のプランナー、ホステルなどの顔をもち、島民や観光客にさまざまなサービスを提供している。
地域とのつながりを糧に
経営者の村野麻梨絵さんは、東京からの移住者である。東京では、アパレルメーカーの広報部でファッションショーの企画や運営、宣伝に携わっていた。手仕事が好きだったので、プライベートでは服飾の専門学校時代からの友人とともに、ブライダルドレスを手づくりしていた。そのうちドレスだけでなくブライダルそのものに興味が湧いてきたそうだ。カップルや招待客のために、一点物のドレスのような、型にはまらない結婚式をプランニングできたら面白いと思っていた。そのとき頭に浮かんだのが、祖父母が住み幼い頃から何度も行った五島の福江島だった。多くの教会や豊かな自然があり、結婚式を行う場所として都市部のホテルや式場にはない魅力があったからだ。
こうして移住での起業を目指したが、移住者が突然ブライダル事業を始めても成功しないだろうと考え、踏み切れないでいた。だからこそ、現地の地域おこし協力隊の公募をみつけたときには、起業の準備を整えるための絶好のチャンスだと思った。2015年、隊員に選ばれた村野さんは、福江島に移住。五島を深く知り、地域の人に自分を知ってもらうよう努めた。
隊員として働くうちに、地域の人に魚や野菜などをおすそ分けされるようになった。恩返しがしたいと始めたのが、ハンドメードマーケットだ。2018年には、島内外から3,000人以上の来場者が訪れた。出店者は50を超え、ネットワークが広がっていった。
3年の任期終了を見据え、起業の計画もしっかり練った。ともするとゆったりとしたワークライフを想像しがちな移住創業だが、実態は必ずしもそうではないと村野さんは言う。なぜなら、商いとして成立させ、生計を立てるのは容易ではないからだ。福江島の人口は約3万4,000人。これだけの人が生活する地域であれば、ひととおりの商品・サービスがある。しかも、毎年約200人の移住者が増える地域でもあった。移住者の手によって都市部と遜色のない新たな事業が生まれることも珍しくない。参入するには島で本当に求められる商品・サービスを探る必要があったわけだ。
結果として村野さんは、本命のブライダル事業ではなく、カフェ兼セレクトショップ「te to ba <手と場>」を始めた。ねらいは二つあった。一つは、経営のスキルやノウハウを得るためだ。飲食や小売りといった、多くの人がイメージしやすいビジネスを土台に、経営者としての経験値を積もうと考えた。もう一つは、企業の基盤をつくるためだ。いずれ立ち上げようとしていたブライダル事業は、プランナー以外にもメイクや衣装、撮影、調理など大勢の人がかかわる。スタッフを自前でそろえない限り、外部の事業者との連携は必須だ。五島に拠点を設けて商売することで、さまざまな事業者とのネットワークや信頼の獲得につながると考えた。また、カフェやセレクトショップなら間口が広く、多くの人が訪れやすい。企業としての知名度を高めつつ、いろいろな人や企業のニーズを探りやすいとも思ったのだ。
店を構えたのは、福江島の中心部から車で20分ほど離れた富江町である。中心部ほどの人口はないが、競合相手がほとんどいない場所を選んだ。営業するなかで、何が求められるのか自分で気づいたり、時には来店客に聞いたりすることでビジネスを磨いていった。例えば、コーヒーや紅茶などの飲み物よりも食事を充実させてほしいという声が多くあったため、日替わりランチを始めた。レシピの習得や、連日の仕込みの労力はかかったが、地元の人が何度来ても楽しめる良さが生まれた。また、五島に来る観光客は、連泊することが少なくない。すべての食事を五島牛や刺し身、五島うどんといった定番のメニューにしたくはないはずだと考え、それらをあえて外し、旬の地元野菜を使った料理を提供するようにした。物販では、既存の土産物店には五島うどんや椿油といった消え物商品が多いと気づき、五島での思い出が手元に残るようアパレル雑貨や工芸品などの商品をそろえていった。
これらの商品・サービスはSNSでプロモーションしている。若い女性はインターネットの検索サイトよりも、インスタグラムといったSNSで店を探す傾向がある。「五島」「カフェ」といったハッシュタグをつけて写真つきの投稿を続けた。築およそ140年の空き家を改装したこだわりの店構えも相まって、ほかの飲食店や土産物店とは一味違った趣をうまくアピールできたという。一連の取り組みの成果により、地元客だけでなく観光客もしっかり取り込み軌道に乗った。他方、ブライダル事業の準備も着実に進めた。2019年末には同社で結婚式を挙げてくれるモニターカップルを募集し、挙式を企画・運営するためのノウハウや宣材写真を得ることができた。準備段階にもかかわらず、結婚式を挙げたいという問い合わせが来るようになった。
ロケーションをはじめ自由につくる結婚式
念願のブライダル事業をスタート
そして2020年、満を持してブライダル事業を始めた。同社の結婚式は自由度が高いと評判である。例えば、美しい海が目の前に広がるキャンプ場で挙式し、披露宴では野外ステージを設け、新郎新婦がさながら音楽フェスのように歌い踊る。コース料理に加え、キッチンカーを招き、思い思いの料理をその場で注文し味わえるといった具合いだ。もちろん、これだけの結婚式を村野さん含め3人のスタッフだけではつくれない。地域おこし協力隊で働き、さらにカフェやセレクトショップを営業するなかで知り合った人たちとコラボレートして実現させている。
村野さんが特に力を入れているのは、カップルとの打ち合わせだ。一般的な結婚式場であれば打ち合わせの日取りや回数はある程度決まっているが、村野さんはオンライン会議システムやメッセージアプリを使って柔軟かつ密に連絡を取り、ささいな疑問や要望があれば相談できるようにしている。また、スマートフォンでビデオ通話しながら実際に挙式する場所を見せることで、五島に来なくても当日のイメージをつかんでもらいやすくする工夫もしている。
地域の人との協業や顧客との綿密なコミュニケーションにより実現したオーダーメードの結婚式は、特別に祝福されているようだと、カップルや参列者に高く評価されている。村野さんによれば、コロナ禍にあっても、フォトウエディングを含め年間3~4件の結婚式を受注していたという。今後は、ブライダルが同社の事業の柱として成長することを期待しているそうだ。
さらに、ブライダルに取り組んだことがきっかけで、ホステルを始めた。カフェ近くの空き家を改修したもので、個室とドミトリータイプの客室がある。挙式するカップルや参列者、あるいは島外にもいる協力業者を招く場合に、それまでは自前の宿泊施設をもっていれば、来てもらう人にとって便利だと思ったのだ。福江島には中心部に多くの宿泊施設があるが、富江町には古くからの民宿が1件のみ。一般の観光客とターゲットが重なりにくいことがスタートできた背景である。また、当初は想定していなかったが、コロナ禍の水際対策が緩和されるとフランスやカナダなど海外から2~3週間滞在する人が出てきた。福江島の中心部よりも自然が身近で、ゆったりとバカンスを過ごしたいと考える外国人観光客のニーズにマッチしたようだ。
村野さんは、まずカフェとセレクトショップで地域とのつながりをつくり、その後、念願のブライダル事業をはじめ、宿泊施設と着実に事業の幅を広げていった。いずれも、状況を見定め無理なく進めてきた。どのような商品・サービスが求められるのか、実現するためにはどうすべきかを、地域の人との対話からヒントを得ることが、地に足がついた移住創業を可能にするのかもしれない。
(西山 聡志・2023.5.15)
本事例に関連するテーマについてさらに知りたい方はこちら(総合研究所の刊行物にリンクします)
地域活性化 | 研究リポート「移住創業者と地域住民で広げる地域の可能性」 | 調査月報(2022年7月号) |
多角化 | 経営最前線「バッグづくりを皮切りに経営を多角化」 | 調査月報(2021年4月号) |
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