ご当地工場構想を岩手から全国に広げ 製造業の復活により「地域創生」図る
岩手県内で板金工場を3つ経営するツガワの駒田義和代表取締役社長は横浜市の本社にはほとんどいない。週の半分は花巻工場で、あとは営業などで全国を飛び回る。地域で進む人口減少に危機感を募らせ、製造業の復活による「地域創生」のプランを構想する。各地に根を張るご当地工場を山に植樹するように全国に逐次設けていこうというもので、年内にも具体化する考えだ。
※広報誌「日本公庫つなぐ」37号でもご紹介しております。

株式会社ツガワ 代表取締役社長
駒田 義和(KOMADA Yoshikazu)
1967年、神奈川県で生まれる。1991年に早稲田大学人間科学部を卒業後、米国ジョージア工科大学への留学を経て、1993年に株式会社ツガワへ入社。岩手県内の二戸工場開設に携わり、約6年にわたり地域での製造現場を経験する。1998年に取締役に就任し、2004年8月に代表取締役社長に就任した。現在は「地域創生」を経営の柱に据え、精密板金加工の国内トップシェアを維持しながら、伝統工芸の支援や「ご当地工場」構想を推進。製造業の復活を通じた持続可能な地域社会の実現に尽力している。
地域に根差す伝統工芸品応援 人口減少への危機感が背景に
ツガワの駒田義和代表取締役社長を岩手県の花巻工場に訪ねると、社長室の入口の表示が「創生室」となっていた。笑顔で出迎えてくれた駒田氏は「ご覧の通り『社長室』ではおかしいでしょう。『創生室』に入ると、社長の私の机がたまたまあるという方が合っています」と説明してくれた。
壁に陳列棚がしつらえてあり、地元岩手県はもちろん有田焼や瀬戸焼などの全国の伝統工芸品が飾ってある。「趣味ですかとよく尋ねられますが、ある時なぜかスイッチが入って集めるようになりました」。道楽とは違う。
「地域創生」を会社の経営の柱として掲げる駒田氏はこう語る。「各地域を知る一番よい方法は、その土地の伝統的な工芸品や芸能を知ることです。ここで、従業員やお客さんに見てもらって、各地域には素晴らしい物があると認識してほしいのです」
名刺も普通のものだけではない。一枚は左3分の1が金色に彩色されていて、そこに「黄金の國、いわて」とある。白地の部分には「いわて企業立地東京応援団―いわての未来を応援します―」と記されていて、二次元コードをスマホで開くと、岩手県の「企業立地ガイド」が読める。「金色は中尊寺の金色堂をイメージしたもので、県庁から送ってくるんです」。駒田氏が全国の顧客にこの名刺を渡せば、岩手県の企業誘致の応援になるという仕掛けだ。
もう一枚、墨書きの味のある名刺をくれた。「盛岡市の書道家、伊藤康子さんに書いていただいたものです」。デスクの後ろには龍を模した「100」という数字の書が掛けてある。「100龍」という伊藤さんの作品だそうだ。「ツガワが3年前に70周年を迎えた時に、100年企業を目指そうと決意して、書いてもらいました」
スーツの襟に付けたトンボのラペルピンは盛岡の気鋭の鋳造作家、松坂渉さんと、同じく盛岡市の画家、千葉幸子さんとのコラボレーション作品という。「極楽トンボの私は前進あるのみで、前にしか飛ばないトンボが好きなのです」。小枝の形をしたネクタイピンも松坂さんの作である。
さらに「このネクタイ、ちょっと変わっていると思いませんか」と言う。「中尊寺の藤原秀衡のミイラが着ている装束の帯留めの柄です。北上市の紳士服店が製作したネクタイです」
昨年8月には、同社がネーミングライツを得て「さくらホールfeat・ツガワ」の愛称を付けた北上市の交流施設で、「IWATEモノコトそうぞうフェスタ」という催しを2日間開いた。全国から50組の企業や高校生、芸術家がブースを出展。作品の展示販売からワークショップ、ステージパフォーマンスなどのイベントを行った。
「約2千人が来場して好評でした。毎年やってと来場者や参加者から言われましたが、当社が費用を持ち、スタッフも60人くらい投入して大変なので、次回は来年です」。こうした活動に駒田氏が熱心なのは、地域の人口減少への強い危機感があるからだ。
山に植樹するように 製造業を復活させたい
ツガワは、岩手県の二戸、花巻、北上の3市に工場を持ち、精密板金加工を軸に金属加工業を営む。現在、主要な製品は半導体製造装置や医療機器などの筐体や駅のホームドアなどである。従業員は全体で約700人、その約94%は岩手県民だという。
「毎年、地元の高校卒業生を14〜15人採用しています。今年は幸い20人入り過去最高でした。中途入社も毎年40〜50人採用していますが、もっと採用したいですね」
しかしご多分に漏れず、岩手県も人口が減っている。10年前には125万人を超えていた人口が今は112万人程度だ。「このまま減り続けると、2040年には90万人ぐらいになるだろうと言われています。これでは会社がもちません。どうやって会社を維持していくか、知恵の出しどころだと思います」
目指す「地域創生」はツガワの存続に関わる切実な課題なのである。その鍵は「製造業の復活」にあると駒田氏は考えている。同社を含めて国内の製造業はバブル経済崩壊後、グローバル化やデフレ経済などにより、この30年余りで大きく変わった。
大手企業は国内工場を減らして外注化や海外生産への転換を進めた。実は駒田氏が週の半分は来ていると言う花巻工場は、以前はパナソニックのグループ会社の工場だった。「もともと工場の一部を借りていたのですが、工場をそっくり売却すると言われて買ったのが2006年5月で、今年が20周年です」
減っているのは大手だけではない。
「我々のような板金加工業の中小・中堅企業も、昔は約3万6千社あったのですが、今は約2万5千社です。まだ減って10年以内に1万社を切るのではないかと言われています」
「ものづくりの業界はどこも同じです。例えば金型メーカーも減っています。ライバル会社もいなくなりますが、外注先もなくなっていきます」。駒田氏は手をこまねいていない。製造業復活のために、ある構想を考え出した。
「今の製造業を、木を伐採したまま手入れをしない山だと思ってください。荒廃した山に一本一本植樹するように、新しい製造業の基盤を作るやり方があるのではないか。それがひいては地域創生につながると思うのです。今年から実際に取り組みます」
昨年6月、長崎県佐世保市に15人の小さな工場を開業した。まさに1本の植樹である。駒田氏がたまたま知り合った宮島大典市長の熱心な働きかけで生まれた。「これがヒントになりました。造船業の町だった佐世保はものづくりの伝統がありますし、九州は大きな市場なので、拠点としていろいろやっていく方針です」
拠点工場もサテライト工場も「わが町の自分たちの工場」に
構想では、二戸、花巻、北上を旗艦工場と位置づけ、佐世保工場のような拠点工場をブロックごとに配置し、その周りに溶接、組み立てなどの単一機能のサテライト工場を設ける。拠点やサテライトの工場は、地元の人が徒歩か自転車で通えるようにする。「拠点工場は取りあえず5、6カ所あればいい。今年まず3カ所つくろうと思います。どこかは企業秘密(笑)。まあ岩手と佐世保でカバーできない場所です」。いずれも地元の人が中心になって働くご当地工場で、取りも直さず「地域創生」になるという考え方である。
モデルになるのは岩手県内の3つの旗艦工場だ。「大手企業ですと、工場の幹部は本部から来ますが、うちはほぼ全員が地元の人間です。この花巻工場は、私の工場でもなければ、ツガワの工場でもない。ここの人たちは、おらが町の自分たちの工場だという意識だと思います」
二戸工場が最たるものだという。今年、高卒の新入社員を5人迎えた。「新卒で二戸に残るのは30人程度と思います。その中で5人もうちに来てくれるのは、130人程度の工場ですが、わが町の工場と認められているからでしょう」と駒田氏は見ている。
同社には「率先垂範」という社是がある。要は「仕事を自分事として捉え、自分で動いて背中で教えろ」という趣旨で、これが自分たちの工場という意識の根底にある。
駒田氏は3代目で、1953年に神奈川県川崎市で創業した祖父の與吉氏は根っからの職人で、率先垂範を体現していた。2代目の父義秋氏も硬骨漢で、北上工場を建てる時、反対する與吉氏を海外旅行に出して、その間に契約を結んだという逸話を残している。
面白いのは、駒田氏も経営について先代、先々代から直接教わらなかったことだ。「もともとツガワには興味がなくて、大学を卒業してカウンセリングや心理療法みたいな仕事がしたくて、勉強のため米国に行ったのです」
新設する二戸工場に身内を送りたいとの義秋社長の意に沿って母親が「戻ってほしい」と電話をかけてきた。「父からの電話だったら、たぶん帰らなかったでしょうね」と駒田氏は笑う。
26歳で入社して二戸工場で約6年働いた。総務経理の仕事から始めて、最後は副工場長になった。
「誰からも何も教わらなかったので、自分で勉強しました」。人口約2万3千人の二戸での6年間は地域の問題をわが事として考える原点になったのではないか。
37歳で社長になってすぐ、経営管理の見直しを行った。改善を図る中、4年後にリーマンショックによる世界金融危機に襲われた。大赤字を出し「会社はつぶれるかもしれない」と思うほどだったが、辛くも切り抜け、中期、長期の経営計画を立てるようになった。
2025年5月期の連結売上高は約157億円である。「本当は2020年度に売上高200億円、営業利益20億円を達成したかった」そうだ。現在、その目標を2027年度に置き「売上高200億円を絶対にやります」と意気込む。得意先の大企業は最終製品でも規模の小さなものを整理するようになった。それを受けてツガワは自社製品も本格的に始めつつある。
駒田氏は、拠点工場とサテライト工場を展開して製造業を復活し地域創生を図る構想に確信を深めている。「条件がそろってきたので、今こそやるべきです」と、不退転の構えだ。
※本ページの内容は取材当時のものです。