背景色を変更

Interview

15年後、月には人が住む
地球と月を結ぶ
宇宙経済圏創造への挑戦

株式会社ispace 代表取締役CEO&Founder 袴田 武史

株式会社ispace

代表取締役CEO&Founder:袴田 武史

所在地:東京都

事業領域:宇宙

URL:https://ispace-inc.com/jpn/

株式会社ispace ロゴ

「月面に千人が住むまちをつくる」。そんな壮大なビジョンを掲げて、宇宙インフラビジネスに取り組んでいる株式会社ispace。今年6月6日にはアジア初の民間企業による月面着陸にトライし、現在、解析が進められている。代表取締役CEO&Founder・袴田武史氏は、少年時代に夢見たロマン溢れる未来を目指し、他に類のない高難易度ミッションに挑み続ける。

宇宙インフラはすでに日常生活に不可欠なものに

2040年代には、月面に人が住むまちができる。―まるでSF映画のような話に聞こえるが、2040年というのは今からたった15年後だ。

「決して夢物語ではありません。現代社会において、宇宙インフラはすでに必要不可欠なものになっていますから。現に通信衛星や気象衛星なしで、私たちの生活は成り立たないでしょう?」と、株式会社ispaceの代表取締役CEO&Founderである袴田武史氏は朗らかな表情を見せる。

同社は「人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界へ」をビジョンに掲げる宇宙スタートアップだ。

1969年、人類初の月面着陸に成功したアポロ計画に代表されるように、かつて宇宙開発は国家が推進する事業だった。しかし近年では各国の宇宙機関と民間企業が連携することで技術力・資金力を強化し、開発を加速する流れになっている。

「以前は民間が宇宙開発に関わる方法というと、仕様書に沿った部品を製造するというような、いわば外注的なものでした。しかしNASAが発表したアルテミス計画※に日本が参画した2020年頃からは、例えば『A地点からB地点に到達するためのプランや技術』を募り、民間へ委託するタスクオーダー型に変わってきています」

その変化の背景には、宇宙開発によって得られるデータや資源が生む、大きな市場創出の可能性がある。同社のビジョンを例にとると、最終的な目標は月面開発拠点(人間が常住できるまち)の設立だが、そのためには地球から定期的に物資を輸送するサービスや、水をはじめとする月面の資源を採取し、エネルギー化するといった事業が展開されることになる。

併せて、同社のデータ・技術を、これから宇宙ビジネスに進出しようと考える企業に提供するパートナーシップ協賛費などが、現在の同社の収益の柱だ。

※米国主導の国際協力体制のもとで、アポロ計画以来の月面への有人着陸および長期滞在を通した持続的な月探査を目的としたプログラムの総体のこと。
出典:宇宙航空研究開発機構(JAXA)

SF映画で抱いた宇宙への憧れを胸に

このように世界的にも注目を集める宇宙スタートアップとなった同社には、前身がある。

2007年、アメリカの非営利団体がグーグルの資金提供により、民間初の月面無人探査を競うコンテスト(グーグル・ルナ・エックスプライズ。略称GLXP)を行うと発表。世界中の技術者などが、低予算で月まで到達できる機種を開発し、その技術を競うことを目的に開催された。このコンテストに参加していたホワイトレーベルスペースというオランダのチームが、月面探査車の開発を東北大学・吉田和哉教授に委託。当時、外資系コンサルファームに勤めていた袴田氏が、縁あって日本での資金集めにボランティアで協力することになったのは、2010年のことだった。

「私が宇宙に関心を持ったきっかけは、幼い頃見た映画『スター・ウォーズ』です。その後、紆余曲折はありましたが、宇宙への憧れはやまず、最終的にジョージア工科大学大学院で航空宇宙システムの概念設計を学び、修士号を取得しました。

にもかかわらず帰国後に外資系コンサルファームに入社した理由は、優秀な宇宙エンジニアは多いが、資金面・経営面を考えられる人材は少ないと感じたからです」

かくして、少年時代から憧れた宇宙への挑戦に胸躍らせながら、本業の傍ら、スポンサー探しに奔走する日々が始まる。しかし当然ながら、ボランティアの力だけでの資金調達には限界があった。継続的に活動していくためにも会社化すべきでは…という話が持ち上がり、2010年に合同会社ホワイトレーベルスペース・ジャパン(略称WLSJ)が誕生。技術知識と経営感覚を兼ね備えた袴田氏が代表に就任した。

挫折から始まった本気で宇宙を目指す人生

新会社設立により、GLXPには日欧共同チームとして挑むこととなり、日本側が月面探査車、オランダ側が月着陸船の開発を担当することになる。しかし、その道のりは苦難の連続で、2012年には月着陸船を開発していたオランダのチームが、資金難を理由にコンテストから撤退してしまう。

「当初、日欧で5千万ユーロの計画だったのに、いきなりはしごを外されてしまって…その時点で日本チームが調達できる資金は10億円しかありませんでした。それでも諦めたくないと、10億円で実現できる方法を必死に模索しました」

ロケットの打ち上げコストは積載重量に比例して増すため、WLSJはまず月面探査車の徹底した軽量化を図る。並行して、月面探査車を運ぶ月着陸船を担当してくれるパートナー探しといった対応に追われながら、袴田氏は本気で宇宙開発事業にのめり込んでいくことになる。

「大学院で専攻した概念設計は、シンプルに言うと、どうすれば目標達成できるかを考え抜く学問。そしてコンサルファームで、大きなミッションを動かすための資金計画や、経営感覚を養うことができました。

宇宙工学と経済、どちらの知見もあったから、GLXPを諦めずに済んで、今でもわくわくと宇宙を目指していられるんです」と語る表情が、SF映画に熱中した少年時代を思わせる。

かくして退路を断つように、2013年に外資系コンサルファームを退職した袴田氏は、WLSJから改組した株式会社ispaceの代表としてチーム「HAKUTO(白兎)」を率い、今度は日本単独チームとして改めてGLXPに参戦する。

2015年には、月面着陸後に月面探査車を500メートル移動する技術を実証し、50万ドルの賞金を獲得した。

「GLXPでわれわれが受賞したのは、優勝にあたる月面無人探査という課題のクリアではありません。そこに至るマイルストーン技術の一つとして評価されたのです。

これを、『なんだ失敗じゃないか』と解釈する人もいるでしょう。でも全ての目標は、マイルストーンをたどった先にある。途中まででも、行けば必ず得るものがあり、次のステップの糧になるのです」

大きな試練を乗り越えてコンテストに臨み、評価を得たことで、同社は徐々に日本の宇宙ビジネスを先導する宇宙スタートアップとして名を上げていくことになる。

GLXP中間賞を受賞し、50万ドルを獲得した「HAKUTO」プロジェクトの月面探査車

GLXP中間賞を受賞し、50万ドルを獲得した「HAKUTO」プロジェクトの月面探査車

2020年に日本橋に開設されたHAKUTO-Rミッションコントロールセンター

2020年に日本橋に開設されたHAKUTO-Rミッションコントロールセンター

ミッションクリアに向けトライ&エラーを果敢に

同社設立のきっかけとなったGLXPは、勝者不在のまま2018年をもって終了した。

その後、新たなビジョンとして同社が打ち出したのが、人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界を目指す「Moon Valley(ムーンバレー)2040構想」だ。

「2040年代には、千人が月で暮らすまち・ムーンバレーが建設され、年間1万人の人々が地球と月を行き来するようになる。そこまでのロードマップとしてわれわれは数多くのミッションの実施を予定しています」

2022年12月に実施された最初のミッションでは、世界初となる民間の月着陸船での月面着陸を目指した。この時は約4カ月半の航行に耐えて月軌道には到着したものの、月面への軟着陸は成功に至らず、月着陸船との通信が途切れてしまう。

だが同社の観点ではこれは単なる失敗ではない。このミッションで計画していた課題の8割はクリアできており、次のミッションに臨むためのデータを蓄積できたからだ。

「WLSJ時代は月面探査車だけを担当していたために計画が頓挫しかけましたが、現在は月着陸船も自社で手掛けられるようになりました。コストを削減して打ち上げ回数を増やすためにも、月着陸船と月面探査車の小型化・軽量化は不可欠ですし、最初のミッションを踏まえて、改善すべき点も分かりました」

進化するため、失敗を恐れず、何度でもトライ&エラーを繰り返す。しかし、やり方に固執しないで臨機応変に変えていく。「諦めたらそこで試合終了ですからね」と、袴田氏は愛読する漫画の名言を引いた。

「Moon Valley(ムーンバレー)2040構想」では数多くのミッションが計画されている。2025年6月に行ったミッションまでが開発フェーズ、それ以降が商用化フェーズとなる

「Moon Valley(ムーンバレー)2040構想」では数多くのミッションが計画されている。2025年6月に行ったミッションまでが開発フェーズ、それ以降が商用化フェーズとなる

「Moon Valley(ムーンバレー)2040構想」では数多くのミッションが計画されている。2025年6月に行ったミッションまでが開発フェーズ、それ以降が商用化フェーズとなる

あらゆる企業が参画できる地球と月をつなぐ経済圏

そんな袴田氏のエネルギーにも触発されてか、同社のビジネスに賛同・参画する企業は年々増加している。金融、保険、建設、製造、食品など、その業種は実に幅広い。

「月に住む、イコール月面に地球と同じインフラを再現するということですから、どんな分野の企業にも参画の余地がある。

いずれにしても、地球から月、月から地球へと物資を運ぶ、ものづくりをする、生命を維持するといった宇宙開発計画の基礎となるデータを提供し、より高頻度・低価格での物資輸送プラットフォームサービスを構築することが、当社の使命です」

月での生活・ビジネスを実現するには、当然地球側にも、それを支える人や企業が必要になる。同社は現在、日本だけでなくアメリカ、ヨーロッパにも同社の拠点を開設しており、地球と月を結ぶ巨大な経済圏創出にかかる世界的な注目度を物語っている。

2040年まで、あと15年となった2025年6月、同社は最初のミッションでなし得なかった月面着陸と、搭載した月面探査車による月面探査を目的とした次のミッションに挑んだ。

2025年1月に打ち上げられた2機目の月着陸船は、6月6日未明に月面への着陸を開始。高度約100キロメートルから約20キロメートルまで惰性降下した後、主エンジンを噴射して減速を始めた。経過は順調で、高度が約192メートルに達し、月着陸船が月面に対し垂直になったことまでは確認されたが、その後、通信が途絶してしまう。

このミッションの月面着陸の様子はライブ配信されており、世界中が固唾(かたず)をのんで月着陸船の行方を見守った。しかし、その後の記者会見では「月面までの距離を測るセンサーに異常が発生し、減速しきれず月面に衝突した可能性が高い」と発表され、成功には至らなかった。

それでも、今後進められる解析は、2027年に予定されている3度目のミッションへと生かされるはずだ。

科学の歩みとはトライ&エラーの歴史。日本、そして世界において宇宙開発を先導する存在として、同社が月に挑み続ける限り、われわれは今この瞬間も、ムーンバレーへと至る道の途上にいるのだ。

2025年6月のミッションでアジア初の民間企業による月面着陸・探査を目指した、同社の月着陸船(左)と月面探査車(右)

2025年6月のミッションでアジア初の民間企業による月面着陸・探査を目指した、同社の月着陸船(左)と月面探査車(右)

株式会社ispace

所在地:東京都中央区日本橋浜町3丁目42-3 住友不動産浜町ビル3F
設立:2010年9月
代表取締役CEO&Founder:袴田 武史
事業内容:宇宙資源を活用し、地球と月をひとつのエコシステムとする持続的な世界の構築に向けた、
・宇宙コンテンツによる企業マーケティング支援
・月面データの調査支援および販売
・月周回および月面への高頻度輸送サービス
・月周回および月面へのペイロード開発支援
・宇宙資源開発に向けたR&D