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Interview

目前に迫る“タンパク質危機”
データを駆使した養豚経営・管理システムで持続可能な豚肉食を世界に広げる

株式会社Eco-Pork 代表取締役 神林隆

株式会社Eco-Pork

代表取締役:神林隆

所在地:東京都

事業領域:アグリテック

URL:https://eco-pork.com

株式会社Eco-Pork ロゴ

人口爆発、新興国の経済成長により近い将来、世界のタンパク質需要に供給が追いつかなくなる「タンパク質危機」が起きると言われている。しかし、単純に畜産を拡大すると飼料や水の消費が増え、糞尿処理など環境負荷を高める。また、後継者不足や生産コスト増を理由に、畜産農家は減少の一途をたどっている。Eco-Porkの神林隆代表取締役は、データを用いた養豚自働化システムで畜産農家の生産性を大きく高めるべく起業した。日本から世界に向けて、持続可能な循環型豚肉経済圏を構築し、安全・安心な豚肉食を次世代につないでいくのがミッションだ。

生産性向上のソリューション開発に取り組む中、養豚の大きな可能性に気付く

神林代表は学生時代から、AIについて研究する傍ら、NGOに参加するなど、環境問題の改善にも取り組んでいた。外資系のコンサルティングファームに就職し、MBA取得を経ながら、ICTやAIを使った新規ソリューションの開発を主導していた。そこでは、コミュニケーションや行動のデータを集めて分析し、働く人の生産性を高める施策を提供することで、様々な業界において退職率の低減に効果がある施策を立て評価を得た。

ただ成果を挙げるにつれて、企業の社員を辞めさせないことに、どれだけの社会的意義があるのかと疑問を抱くようになった。本来目指していたのは、社員が生き生きと働く環境をつくり生産性を上げることだったからだ。そこで活動するステージを変えようと考え始めた。

養豚業界は、勘、コツ、経験に頼る生産方法をとっており、労働環境が厳しいことが課題だった。世界的には食肉需要が増え続けているにもかかわらず、生産者は減っていく。畜産の環境負荷が指摘されるようにもなり、このままでは持続的発展が望めないと感じた。このような状況に対し、自らの技術を駆使して自動化し、生産性を上げれば、生産者、消費者、さらには地球環境にも貢献できると思い立ち、会社設立に動き始めた。

養豚プロセスを可視化し生産を最適化するシステム「Porker」を開発

養豚産業の市場規模は世界で約40兆円と、携帯電話の市場規模と肩を並べる規模にある。牛や鶏よりも遙かに大きい市場だが、データ活用、自動化の点では遅れている。飼育頭数が多いことや、牛や鶏のように伝染病が流行ることがほとんどなかったため、従来からの管理方法が取られていた。

養豚を自動化し生産性を高めるには、まずプロセス全体を把握しデータ化することが必要だ。加えて勘、コツ、経験に頼っている部分も明文化する必要がある。そこで、神林代表は養豚農家を訪ね、現場を教えてもらうことから始めた。2017年11月に創業。

当時、日本養豚協会青年部会長を務めていた養豚農家にて経営者や働く人に寄り添い率直な意見を聞いた。当養豚農家は「食はいのち」の理念を掲げ農業を未来に繋ぐ事を志しており、養豚の経営管理システムの開発には「走りながら良いものにしていけばよい」と理解を示してくれた。その期待に応えていかねばならないと士気は高まった。開発を進め、翌18年に「Porker」をリリースした。当養豚農家は第1号の顧客となった。

養豚は生産から出荷まで1年かかる。事業サイクルが長いだけに、ボトルネックとなるプロセスがいくつもあり、改善のタイミングを逃すと次のチャンスまで長期を要する。ボトルネックを見える化して改善するのが生産管理の役割となる。

「Porker」は、廃用候補母豚の特定、分娩状況を把握し出荷時期や頭数予測から交配計画の作成、発情予定日や分娩予定日の的確な把握を支援する養豚クラウドプラットフォームだ。スマートフォン上で課題特定、計画策定、作業管理も可能である。システムの精度を高め範囲を広げるため、温湿度センサーとAIカメラも提供。飼養環境をリアルタイムで把握し異常時はSMSで通知し、体重など豚の状況を「Porker」で表示して群での豚生産管理を実現している。

18年4月には農林水産省の高度先端型技術実装促進事業の認定を受けた。それを皮切りに同省や経済産業省の各種事業への事業採択が続く。20年に採択された農林水産省のスマート農業技術の開発・実証・実装プロジェクトでは、「Porker」の実証実験を行った。2カ年のプロジェクトで2年目にはトヨタ自動車も参画した。千葉県と鹿児島県の養豚場で行った実証は、年間36万円の導入費用で、7,980万円の売上増という結果を出した。

日本から世界へ循環型豚肉経済圏を築く

「Porker」の有用性は口コミで広がり、事業は着実に拡大している。資金調達は19年8月に初めて行い、20年6月にプレシリーズAを実施。22年4月にはシリーズAで6億円、23年9月にはシリーズBで2億2000万円を調達している。設立当初1人だったメンバーも、同社の考えに共感して様々な業界から集まり、現在は33名にまで増えた。23年10月には経産省の「J-Startup Impact」に選定されている。

今後取り組むのは「Porker」を進化させ、日本から世界へ循環型豚肉経済圏を築くことだ。給餌を最適化すれば、生産量は上がり、飼料の量は減らせるというデータがある。取り組むことで養豚農家の成長と環境負荷の低減が同時に図られ、循環型豚肉経済圏に一段と近づく。海外展開も3年ほど前から着手しており、ベトナムやタイで市場性を調査している。欧米でもここ数年、養豚のDX化に取り組む企業が現れているが、同社は循環型であることを強みとして、まず東南アジア開拓を模索した。

並行して豚肉食を広く発信することも欠かせない。23年4月に、一般消費者向けに豚肉を提供するEC事業を始めた。消費者とのコミュニケーションツールとして活用し、事業として形になってきている。

世界は不確実で複雑、不透明であいまいなVUCAの時代にある。タンパク質危機に対しては、代替として植物性や昆虫、藻類、微生物、細胞培養などのアプローチがあり、将来何がマジョリティになるか、現時点では予想がつかない。そんな時代にスタートアップに挑むのはなぜか。神林代表は「自分の子ども世代のために、みんなより少し先取りしてやっている。失敗したとしても立ち向かった姿を、背中で語れるようにしたい。」と言う。「食」という人間にとって欠かせない文化を、未来につないでいこうという強い思いを持って挑戦を続けていく。

株式会社Eco-Pork

所在地:東京都千代田区神田錦町3-21-7JPRクレスト竹橋ビル2F
設立:2017年11月
代表取締役:神林隆
事業内容:養豚経営/生産管理システム「Porker」の開発、販売、導入支援