株式会社カミナシ
代表取締役CEO:諸岡裕人
所在地:東京都
事業領域:ICT
Interview
「父のように起業する」学生の頃からの思いを形にして、諸岡裕人代表取締役CEOは2016年に株式会社カミナシを創業した。それまで4年間、父が経営する会社で働き、食品工場やホテルの清掃などの現場で、紙ベースの作業・管理に追われる毎日を過ごした。「これをデジタルツールに代替させれば仕事の効率は大幅にアップする。消費される膨大な時間をより価値あるものに振り向けられる。」2020年6月に正式リリースした現場帳票システム「カミナシ レポート」は、4年間で15,000を超える現場に導入された。働き方改革が叫ばれ、人手不足が深刻となる日本で、加速度的に需要が増えている。
「負け続けた3年間」と諸岡CEOは振り返る。創業当初は、IoT分野でハードウェアを作る計画だったが、市場にマッチせず上手くいかなかった。手元に残る資金はあと10カ月分という状況で、2019年11月、背水の陣で開発に取り組んだのが「カミナシ レポート」だった。
当初、ターゲットとしたのは、国内食品製造業の4万事業所で、シェア10%を10年かけて獲得する想定だった。しかし、料金プラン月10万円のサービスを実際に契約してくれたのは年商20億規模の会社だった。ターゲットを年商20億以上の事業所に絞ると4千事業所となり、シェア10%で試算すると、目標とする年間20億の売上を得るためには料金プランを月40万円に上げる必要がある。難易度に対して価格に見合うサービスは、メンバー4人のスタートアップにはつくれないという結論に至った。
そこで諸岡CEOは、権限を自らに集中させ、プロダクト開発の方向性を定めた。1つ目は、食品業界に限らず幅広い業界の現場に水平展開できるサービスにすること。2つ目は、比較的易しい課題を安価で解決するサービスにすることだ。日本にノンデスクワーカーは3,900万人いる(労働政策研究・研修機構「職業別就業者数」から同社が算出)。大半がITやデジタルツールを使わずに日々働いている。その苦労から解放する業務効率化サービスをつくることにした。
諸岡CEOは父の会社で、航空機の機内食製造をメインに、空港のチェックインや貨物搭載、リムジンバスのポーター、ホテルの客室清掃といった仕事を経験していた。創業してから3年間で各地の食品工場を300カ所訪問。現場で改善すべきポイントは徐々に明確になっていった。
「カミナシ レポート」は、作業のチェックや報告書作成などの現場管理業務をクラウドで一元管理する。管理業務はプログラミング不要のノーコードでアプリ化する。現場作業者は登録された作業手順に従って、タブレットなどで点検や確認作業を一問一答形式で行う。入力されたデータは自動で報告書に変換され、一連の業務は紙を使わずに完了する。
実際に導入した食品工場では大幅な効率アップを実現している。まず、作業ミスが劇的に減った。紙による報告は、間違いがあっても気付かないことが多い。しかし、タブレットを使った一問一答形式であれば、間違いはその場で指摘される。導入する企業では、以前は大小合わせ月120件あったミスは、わずか2件に減った。
また、工数が減ることで、作業時間が短縮された。紙の帳票では、上長が1枚ずつチェックし、判を押す。「カミナシ レポート」を活用することで記録の精度が上がり、チェックにかかる時間は短縮された。紙の帳票は、保管場所からその都度引っ張り出すことになるが、デジタル化によりその手間も省けた。
さらに報告書作成時間がゼロになった。例えば、本社が現場を監査する際、メモとともに、写真を撮ったデジカメを持ち帰って報告書を作成するという一連の手間がかかるが、「カミナシ レポート」であれば、スマホでチェックして問題点のみ写真を撮れば、そのまま報告書ができあがる。
これらの機能に加え、導入に当たっては3カ月のサポートプログラムが付き、運用が軌道に乗るまで担当者が支援する体制が整っている。他にも簡単操作で新人でもすぐに使える、紙だと小さくて読みにくい文字もスマホなら拡大でき高齢の社員にも使いやすい、といった利点を備える。「カミナシ レポート」の特徴は食品工場だけでなく、本社があり各地に多店舗展開するホテルや飲食業などにもフィットする。
「カミナシ レポート」は開発と同時に営業も行った。プロダクトを紹介するサイトを先行して公開し、説明のスライドを見せて回った。問い合わせは数百件あり、多数の試験導入も得て、手応えは十分だった。2020年6月の正式リリース時に、試験導入から本契約への移行率は65%に及んだ。
しかし、コロナ禍による打撃を受けたのは同社も例外ではなかった。ターゲットと据えていたホテルや航空会社は、移動の制限で事業活動が停止状態に。商談が全くできなくなった。ただ、食品関係は消費が外食から中食に移り、生産は止まらない。以前、展示会出展で見込み客となった工場に売り込みを図り、苦境を乗り越えた。
収益化に目途が立った2021年3月にはシリーズAとして、創業当初から支援を受けているCoral CapitalやALL STAR SAAS FUNDなどを引受先とする第三者割当増資を行い、総額11億円を資金調達した。2023年3月にはCoral Capitalをリード投資家として、既存株主や新規投資家を引受先とした第三者割当増資に加え、日本政策金融公庫などの金融機関からの融資により総額30億円を調達した。諸岡CEOは「厳しい時も、投資家からは必ずできる、大丈夫と励ましてもらった。お金以外の部分でも支えてもらっている」と感謝している。
株式会社カミナシが見据えるのは2028-29年での株式上場だ。「カミナシ レポート」を導入する現場は15,000を超え、合計で毎月数百万枚の紙帳票をデジタル化している計算になる。使い勝手良く効率化が図れるので、解約も皆無に近い。さらなる成長に向けて、2023年9月に東京大学発のAIスタートアップをM&Aで傘下に収めた。2024年6月には吸収合併によって「カミナシ CountAI」を自社プロダクトとして提供を始めた。このプロダクトは、鉄筋などの製品出荷時に手作業で行っていた個数確認を、AIにより瞬時に行う。積み上げられた製品の写真を撮ればAIが個数を正確に判断する。さらに2024年8月に、非正規・外国人との業務連絡などを効率化できるプロダクト「カミナシ 従業員」を発表した。他のプロダクトの開発も進んでおり、同年中にシリーズを拡充する見込みだ。
諸岡CEOは、創業当初は苦しいことも多かったが、「続けていればいいことがある」と言う。また、乗り越えることができたのは、「自分にとって助けてくれる仲間がいた」ことが大きかったと振り返る。起業家は自分の道を信じて、絶対成功するという強い思いを持っているが、「上手くいかなかったら方向転換してもよい」とも言う。事業への思いを持った仲間、そして変化に対応する柔軟さを武器に、日本の働き方の未来を変えていく。
株式会社カミナシ
所在地:東京都千代田区神田鍛冶町3-7神田カドウチビル3F
設立:2016年12月
代表取締役CEO:諸岡裕人
事業内容:現場DXプラットフォーム「カミナシ」シリーズの開発および提供