株式会社Thinker(シンカー)
代表取締役兼CEO:藤本弘道
所在地:大阪府
事業領域:ロボット
Interview
Thinkerは、大阪大学大学院基礎工学研究科の小山佳祐助教が開発した「近接覚センサー」をコア技術に、人の指のようにモノをつかむロボットハンドによってあらゆる現場を効率化すべく、2022年8月に創業した。代表取締役兼CEOの藤本弘道氏はそれまで19年間、パナソニック発のスタートアップ企業であったATOUNを経営し、パワードスーツの新市場創造に取り組んでいた。人の体に装着し、作業を補助・軽減するこのロボットは、人手不足が進む中で着実に実績を積み重ねていた。しかし、コロナ禍により人との接触が大きく制限されたことが影響し、ATOUNは22年4月に事業継続を断念。それでも、そこで立ち止まることなく、同年8月に藤本氏が設立したのがThinkerだ。
藤本CEOは、創業よりさらに10年ほど前から小山助教の技術に注目していた。大阪大学機構から紹介を受けたことがきっかけだった。技術を事業化したい思いはあったが、当時はATOUNの経営に注力していたため、着手出来なかった。しかし、独立して、経営で培ったノウハウを注ぎ込むことができるようになったことで、前へと踏み出した。
小山助教が開発した近接覚センサーは、赤外線とAI(人工知能)の組み合わせで、モノの位置と形を非接触で把握する。4つの赤外線によって毎秒200回データを取得してAIで推論するため、対象物の情報を高速・高分解能で処理することができる。さらに、近接覚センサーを搭載したThinkerのロボットハンド「Think Hand F」のフィンガーは、構造的に浮いた状態のバネ機構となっており、手探りするようなモノとの接触を可能とする。
「ロボットハンドの世界はラスト1インチがカギ」(藤本CEO)。換算すると2.54cmの距離に近づくまでに対象物を素早く正確に捉えなくてはならない。だが、従来のようにカメラに頼ったロボットハンドは、死角の影響で対象物の変化に弱く、導入費用も高い。パーツフィーダーとカメラの組み合わせは機能が限定され、柔軟素材ハンドとカメラの組み合わせは緻密な作業に向かない。
近接覚センサーの技術はこれらの問題をすべて解決し、ロボットハンドに搭載すれば、従来技術では難しかったガラスやミラーも、破損させることなく安全につかむことができる。ロボットハンドの世界では難題とされてきたばら積みになった部品も、手探りするように1個ずつつまみ出す。加えて、ロボットに作業を教え込むティーチングの労力が大幅に減らせることから、人手、時間、コストをトータルで削減可能だ。
近接覚センサーの技術的・経済的優位性を知ってもらうため、Thinkerは1年半ほどで4000社超にコンタクトをとった。うち、問い合わせや見積もりの依頼は800社から、有償サンプルの提供先は50社以上に上る。また、ウエハー搬送ロボットのティーチング簡易化と製造ラインのイレギュラー対応で、2社の量産導入プロセスが進んでいる。今後も生産ラインの自動化を目指す工場に売り込む考えだ。
決して派手ではないが着実に現場を変えるこの技術に投資筋も注目している。設立1カ月の22年9月に、大阪大学ベンチャーキャピタル(OUVC)を無限責任組合員とするOUVC2号投資事業有限責任組合(OUVC2号ファンド)から1億円を調達したことを皮切りに、23年9月には、OUVC、SMBCベンチャーキャピタル、三菱UFJキャピタルを引受先とした第三者割当増資、および日本政策金融公庫からの新型コロナ対策資本性劣後ローンにより、総額2億3000万円を調達。さらに24年3月には、フューチャーベンチャーキャピタル、サンエイト インベストメント、京信ソーシャルキャピタル、りそなキャピタルを引受先とした第三者割当増資により1.4億円を調達した。設立から1年8カ月で、累計4億7000万円の調達となった。
また、各方面から技術力およびスタートアップ企業の経営に対しても高い評価を受けている。22年9月に、小山氏が日本ロボット学会の優秀研究・技術賞を受賞。24年2月には、近畿経済産業局が関西の有望なスタートアップ企業を選定した「J-Startup KANSAI」にも名を連ねている。同3月には電子情報技術産業協会から「第9回JEITAベンチャー賞」を受賞している。
産業用ロボットは、自動車、電機、機械などの組み立てや加工、溶接の自動化に使われる。日本ロボット工業会の統計によれば、22年度の産業用ロボットの国内出荷は2300億円ほど。うちThinker社の事業対象領域となるマテリアルハンドリング分野は600億円の市場となっている。現状では大手自動車工場などでは、溶接の自動化はかなり進んでいるが、マテリアルハンドリングの自動化はまだまだと言っていい。従来のカメラによる画像認識では、対象物の位置や形状の把握に限界があり、イレギュラー品や不定形物、ばら積み品などに対応できないからだ。Thinkerは、近接覚センサーの優位性が非常に高いこの分野にまず狙いを定め、初期市場として顧客の獲得に動いている。
次の段階で主要市場に定めるのは協働ロボット。「労働力人口の減少が深刻化している」(藤本CEO)ことから、協働ロボットの導入は加速する。製造現場に加え食品や農業分野を深耕する。不揃いな農産物の収穫や箱詰めは、技術的にもコスト面でも自動化が難しいとされてきた。しかも農産物の種類は無数にあり、これまでの技術では対応できないが、同社の近接覚センサーを用いれば協働ロボットの可能性は大いに広がる。ここに9000億円の市場があるとみて、海外展開も視野に入れて中期的に取り組んでいく。
将来は15兆円市場と想定されるホーム・サービスロボットを狙う。ロボットの研究ではヒューマノイドがトレンドとなっている中で、実現のカギとなるのは“手”。「指先で考える、ティーチングレスなロボット」(藤本CEO)を実現する同社の製品を適切に用いれば、人を補助し、人に代わって多様なタスクをこなすこともできる。主要市場で実績を積むことで、さらに大きく広がる市場へと挑戦していく。
藤本CEOは「未来構想(ビジョン)を立て、そこから逆算して今何をするか、いつまでに何をするか」を常に意識している。ハードテックの企業はまず、評価される性能、安全性を確立することが重要であり、「安心して使ってもらえるレベルにする」ことが何よりも大切となるという。“安心”の醸成には時間を要する。投資家からは用途を絞ってスピードアップを、と求められることもあるが、“急がば回れ”で、安心を得ることこそが事業成功の近道であると確信している。
株式会社Thinker
所在地:大阪府大阪市中央区久太郎町4-1-3大阪センタービル6F-188
設立:2022年8月
代表取締役兼CEO:藤本弘道
事業内容:近接覚センサーを応用した今までにないロボットセンサーの事業化