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「昭和30年創業の畳屋を承継したい」その願いを叶えた経営指導員の秘策とは?

寡黙な先代の人柄に惹かれた情熱溢れる起業家…
二人の想いをくみ取る経営指導員が事業引継ぎをサポート

滝口社長(左)と音更町商工会 角谷稔さん

事業所名:株式会社たたみの宮崎
代 表 者:滝口貴啓
所 在 地:北海道河東郡音更町
創 業:令和元年
業 種:畳製造・販売
事業内容:畳替え(表替え・新畳)・襖・障子・網戸張替えのサービスを提供。
畳は最新の機械で製造し、効率化を図っている。

畳製造機械の営業マンが
老舗畳屋の承継を目指す

約200坪の工場内に、ピカピカの大きな機械が6基。職人さんがその間を縫うように動き、機械を稼働させています。かつて畳づくりといえば、職人さんが大きな針で畳を縫うイメージでした。しかし、現在では機械による生産システムを導入しているところが大半。株式会社たたみの宮崎も、裁断や框(かまち)縫い、平刺(ひらざし)縫いなど、多くの工程に最新の機械を使っています。代表取締役の滝口貴啓社長の前職は大手畳機械販売会社の営業マン。幼い頃から畳の匂いや感触に愛着があり、機械の営業を行っているうちに、いつかは自らも畳づくりをしたいと思うようになりました。

ある時、営業先の一つであった宮崎寝具畳店の社長から後継者不足の悩みを相談された滝口さんは、事業を承継したいと思い立ちます。

「先代は、富山県からこの町にやってきてゼロから工場を起ち上げ、60年以上畳をつくり続けてきた職人です。私も営業マン時代に何回もお邪魔しましたが、一社一社ニーズを聴き取り、その人に合った畳を精魂込めて作り上げる先代の真摯な姿勢・人柄に感銘を受けました。それとともに、この会社を残さないといけないと思うようになり、事業を継ぐことを決意しました」

勤務先を退職後すぐに同社に入りました。音更町商工会の角谷稔さんと出会ったのはちょうどその頃でした。

「二人で商工会に来てくれたんです。先代から後継者について相談されていたので、若い社員が入ったと聞いて私も安心しました」

厚さ12mmの薄畳(琉球畳)。和紙を原料とし、肌ざわりがやさしく、耐摩耗性・耐水性に優れている

経営指導員のサポートで
ようやく承継へ!

入社して1年ほど経って、事業承継に向けた話が動き出しました。

しかし、個人事業を承継する場合には、事業で使用している個人名義の資産などをどうするかといった問題があります。このため、合意に至るのは容易ではありません。

そのとき、二人が頼りにしたのは、以前から会社を見守り、アドバイスをくれる角谷さんでした。

事業承継の支援をすることになった角谷さんの秘策は「個別に話し合う」ことでした。継ぐ人、継がせる人、それぞれの思いは複雑で一旦こじれると修復するのは至難の業です。一人ひとりとじっくり膝を突き合わせて、条件を固めていくのが一番いいと考えたのでした。

また、事業承継の関係者は二人だけではありません。取引先や金融機関への説明に加え、事業で使用している資産をどうするかといった点では専門家の協力を仰ぐなど、様々な事前準備が不可欠です。角谷さんは、時に二人と帯同することで、サポートしてきました。

話し合いを始めてから1年近くが経過し、取引先等からの理解が得られ、徐々に承継の形が見えつつあったものの、未だ合意には至らず、滝口さんの中での不安は日に日に増していました。ある日、角谷さんは滝口さんから衝撃の電話を受けた、といいます。

「突然、(滝口さんが)『年末に実家に帰ったら、もうここには戻らない』と言うんです。ビックリして、とにかく待てと、それしか言えませんでした」

滝口さんも当時についてこう語ります。

「会社を辞め、知らない土地で事業承継に向けて準備を進めてきましたが、いつまでたっても先が見えない…ストレスが限界を超えました。そのとき、角谷さんが言ってくれたんです。『俺が一緒に先代を説得する』と。すべてを捨てて事業承継に賭けた私には、その言葉にすがるしかありませんでした」

滝口さんとの電話の後、角谷さんは、再び辛抱強く先代の話に耳を傾けました。一人でゼロからここまで築き上げた先代の尽力に改めて敬意を表しつつ「彼が引継ぐことで、先代の築いたものは残されるんですよ」と説得し、ようやく事業承継の合意に至りました。

滝口社長は当時を振り返って、角谷さんの存在なしに、ここで頑張ろうとは思えなかったといいます。

「利益を上げることを目指して、従業員をしっかりと育成し、質の高い製品とサービスを提供してほしい」(角谷さん)

経営指導員の積極サポートで、
売上増加、新製品開発にも着手。

令和元年、滝口社長は晴れて事業を引継ぎました。屋号は「たたみの宮崎」。先代が半世紀以上に渡って築いてきた「宮崎」という名前を引継ぎたいと、先代と話し合い、名前を使うことを認めてもらったと言います。

また、承継後の1年間は先代も会社に残ってもらいました。お客さまからの問い合わせがあった際には、事業承継の報告と新社長の紹介を併せて伝えてもらい、先代が築いてきた信頼も引継ぐことができました。

一方で、滝口社長は新しい取組みも開始しました。職人肌の先代と異なり、滝口社長は根っからの営業マン。また、十勝地方は畳屋も少ないため、積極的な営業攻勢による売上増加にも自信を持っていました。角谷さんからのアドバイスを受けてチラシを製作したほか、商工会の催しなどにも頻繁に参加し、地道に人脈を拡大。こうした取組みによって、売上や取引先は着実に伸びていきました。

さらなる業況拡大に向けて、滝口社長は新たに薄畳(琉球畳)の製造を思い立ちました。

「厚さ12mmの薄畳は、新築の住宅やマンションで多く採用されています。床暖房用に利用されるだけでなく、フローリングの上に敷くとおしゃれな印象になると若い世代にも人気です」

冬の寒さが厳しい北海道のお客さまにもニーズが高く、新商品導入に向けてこれまでにない手ごたえを感じていました。

しかし、製造機械は高額であるため、滝口社長は資金調達をする必要がありました。この時頼ったのは、またしても角谷さん。角谷さんからはものづくり補助金とマル経融資を紹介され、機械を購入できました。

その後、持ち前の営業力に加え、従業員を新たに雇用したことや最新機械による生産効率の向上により、個人のお客さまは5倍、工務店やハウスメーカーからは約2倍に受注が増加し、事業は順調に拡大していきます。

滝口社長は未来の構想についてこう語ります。

「今はペット用の畳を考案中。先代同様、しっかりお客さまのニーズを聴き取り、現代の住環境に適した畳を製造・販売することで、畳業界全体を盛り上げていきたいと思っています」

さらに滝口社長から道内の他商圏への展開計画を聞いた角谷さんは「ステップアップは大切だけれど、徐々に確実に成長してほしい。先代から継いだブランドと信頼を守りながら上を目指そう」と笑顔で語りました。

「機械で効率化を図り、余った時間を営業に使っています」滝口社長(右)と社員の菊池さん
ものづくり補助金で購入した機械。さまざまな厚さと大きさの薄畳を短時間で製造できるようになった

【担当者コメント】

強い意志と前向きな姿勢に心打たれ
事業の承継と創業を支援

音更町商工会
角谷稔さん

商工会には様々な業種の方が加入していますが、事業の話は社長が一番詳しいので、それ以外の部分で経営相談に応じています。相談の過程では経営状況はもちろん大切ですが、やはり「人」が大切。今回も一番の懸念は、承継するのはいいけれど、第三者であった滝口社長が、先代が築いたブランドを引き継いだ時に、事業として成り立つのかということでした。滝口社長からは「絶対に成功する」という強い意志と前向きな姿勢、若いパワーを感じたので、町内での人脈づくりや事業承継、創業をサポートしてきました。今のところ順調に推移しているが、焦らずに地盤固めをしながら事業を成長させてほしい。これからも見守りながら伴走型支援を続けていきます。

音更町商工会 角谷稔さん