株式会社MamaWell
代表取締役:関 まりか
所在地:茨城県
事業領域:ヘルステック
Interview


働く妊婦にとって、体調を維持しながら仕事を続けることは想像以上に難しいチャレンジだ。体への過度な負荷は避けたいけれど、必要以上に仕事をセーブするようなこともしたくないと悩む人は多い。千葉大学と筑波大学の二つの大学発スタートアップ、株式会社MamaWell(ママウェル)はITを使って記録した健康データを基に専属の「パーソナル助産師」が相談に乗る伴走型支援サービスで働く妊婦の心強い味方となっている。
「働く妊婦さんが多くなる中、晩婚化や晩産化の影響もあって妊娠合併症になる方が増えているんです」。ママウェルの代表取締役の関まりか氏は妊婦の現状をこう説明する。5人に1人が妊娠に伴って糖尿病や高血圧などの合併症を発症し、3人に1人は切迫早産と診断されているという。
母体だけでなく胎児も深刻な危険にさらす妊娠合併症の予防には適切な身体活動量の維持が重要で、世界保健機関(WHO)は中強度の有酸素運動を週150分以上行うことをガイドラインで推奨している。しかし、その時々の体調に応じて具体的に体をどう動かせばいいのかを妊婦自身が判断するのは難しく、妊婦健診でも、一人一人の状況を踏まえたきめ細かい指導は困難だ。
妊娠中も働く女性は今や50万人近くに上るとされ、彼女たちが安心して働ける環境を整えることは、その後の子育て支援と並ぶ大きな社会課題になっている。助産師として500人以上の出産の場に立ち会ってきた関氏は、世の中には「妊婦さんに対する継続的な支援が不足している」と訴える。
ママウェルの支援サービスは、腕時計型ウエアラブル端末を貸し出して心拍数や身体活動量、睡眠時間、座っている時間などのデータを24時間態勢でモニタリングし、独自開発のアルゴリズム(計算方法)で解析して、利用者の健康状態や適切な活動量が維持できているかどうかを判断する。
利用者は携帯電話やタブレット向けの専用アプリで自身の状況を確認し、妊婦専属の「パーソナル助産師」とのオンライン面談で体調管理の方法などのアドバイスを受ける。気になることがあれば、面談を待つことなくコミュニケーションアプリのLINEで気軽に質問することもできる。
「データから体にかかっている負荷の度合いが分かり、自分は今どのくらい仕事をしていいのか、出張に行っても大丈夫なタイミングなのかなどを判断することができます。仕事にチャレンジしやすいよう助産師がデータを基に負荷をどう調整するか助言しますし、逆にデスクワーク中心で動きが少ない人には、活動量を増やす具体的な方法も教えます」と関氏。
マタニティービクス(妊婦向けのフィットネスプログラム)やマタニティーヨガのオンライン教材も用意しており、自宅などでも体を動かすことができる。

ウエアラブル端末を通して妊婦の健康をモニタリングし、助産師が個別にサポート。企業には業務負荷や休職リスクを可視化し、安心して働ける環境づくりを支援する
サービスの要となる助産師は現在70人が登録している。関氏によると、日本で助産師資格を持つ約7万人のうち、半数の約3万5千人が働く場がないなどの理由で資格を生かせておらず、こうした「潜在助産師」と呼ばれる人たちに運動指導やカウンセリングの技術の研修を受けてもらい、「パーソナル助産師」として提携することで能力を発揮してもらっているという。
利用者を受け持つには、最低2週間の研修を受けて、合格率が「20%程度」(関氏)というママウェル独自の認定試験にパスする必要がある。助産師としての得意分野や住んでいる地域など助産師のプロフィールが分かる情報が利用者に公開されており、それを見ながら利用者側がパーソナル助産師を選べる仕組みだ。話しやすい関係を構築しやすく「妊婦さんの不安軽減や孤独防止にも役立っています。職場では言えない人間関係の悩みを打ち明けられることも」(関氏)
妊婦本人だけでなく父親が自ら望んで指導や助言を受けるケースもあり、共同育児をスムーズにスタートできたと感謝されることも多い。満足度調査では利用者の95%がサービスを使って良かったと答えているという。
富山県出身の関氏は、地元の総合病院で助産師として働く中で、赤ちゃんが小さく生まれたり、自身の体調悪化で帝王切開を余儀なくされたりした母親たちが「自分の行いが悪かったせいだ」と悔やむ姿を数多く見てきた。
どうすれば妊娠生活を健やかに過ごしてもらえるのか。病院を辞めて看護学で評価が高い千葉大学の大学院に進むことにしたのは「お母さんたちに後悔の念を抱かせたくない」という思いに突き動かされたからだ。
大学院では妊婦の身体活動について研究し、健康な妊娠生活のために必要な活動量を確保する運動プログラムの開発に取り組んだ。修士を経て進んだ博士課程では、科学技術振興機構(JST)が進める研究者支援の対象者にも選ばれた。
そんな関氏の元にある日、学生向けの起業ワークショップ開講を知らせる学内一斉メールが舞い込む。「論文を書いているだけでいいのか。研究成果を世の中に広めるには何をすればいいのか」と考え始めていた関氏の背中を絶妙なタイミングのメールが押した。
学内で起業支援を管轄する学術研究・イノベーション推進機構(IMO)のワークショップに参加。試行錯誤しながら組み立てた事業内容で学内ビジネスコンテスト「なのはなコンペ」の特別賞を獲得した。博士課程を修了してからでも遅くないとの声もあったが、市場調査で感じた働く女性の熱い期待に応えるのは「今しかない」と起業を決意した。
研究も続けながら半年間準備を重ね、2022年に医師でデータサイエンティストの夫と共にママウェルを創業した。ママウェルは本社をつくば市に置き、千葉大学だけでなく筑波大学からも大学発スタートアップの称号を授かった。

代表の関氏(中央)を中心に、妊婦の就労継続と健康を支援し、「産むひとの安心をうむ」環境づくりをサポートしている
熱い思いを胸に研究者から起業家に転身した関氏だが、ビジネスに関する知識や経験が最初からあったわけではもちろんない。在籍する大学に起業家を生み育てる総合的な環境が整いつつあったことは幸運だった。
千葉大学は、2022年に当時の岸田政権がスタートアップ育成5か年計画を策定し、大学を「イノベーションの源泉」と位置付けたことに呼応する形でベンチャー創出機能を強化。起業支援に特化した「スタートアップ・ラボ」を設立した他、資金面で起業家を支えることなどを目的に日本公庫や千葉銀行と連携するなど矢継ぎ早に策を打ってきた。今年に入っても、起業家教育の中心となる「アントレプレナーシップセンター」や大学の100%子会社で産学連携の機能強化を目的とする「株式会社千葉大学コネクト」を設立するなど、取組みの拡大・深化は続いている。
スタートアップ・ラボの責任者でアントレプレナーシップセンターの事業統括を務める片桐大輔・千葉大学大学院国際学術研究院教授は「研究成果を社会につなげるためにスタートアップ支援の深化があり、そのスタートアップ推進の主体者であるアントレプレナー(起業家)を育てる教育組織もできた。起業家育成に必要なパーツがそろってきた」と語る。千葉大学発のスタートアップは年々増え、2024年度には70を数えるまでになっている。
片桐氏は薬学の研究者としてスタートアップの設立や経営に関わり、ベンチャーキャピタリストとしての経験を持つ。2022年に母校の千葉大学に戻って以来、起業家たちの「壁打ち相手」となって経営上の課題洗い出しなどを手助けしてきた。関氏もママウェルを軌道に乗せていく過程で何度となく相談し、時にはベンチャーキャピタルや金融機関など豊富な人脈から「この人なら協力してもらえそうという人につないでもらった」と感謝する。

大学発スタートアップの育成に尽力し、起業家教育をけん引する片桐教授(千葉大学)
ママウェルのビジネスモデルの特徴は、サービスを導入する企業や健康保険組合が費用を負担し、利用者の女性やその家族は無料で利用できる点だ。料金は利用者1人につき月2万円。利用する妊婦がいない時は料金が発生しないので中小企業も利用しやすい。
適切な身体活動量達成で妊娠合併症の発症率は約4割下がるとされる。妊娠や出産に伴う体調悪化を防ぐことができれば女性のキャリア継続に資するだけでなく、職場全体の生産性向上にもつながると関氏は力を込める。
ママウェルは導入企業向けに産婦人科医師が監修する健康リポートや個別事案の相談窓口も用意し、客観的なデータを見ながら働き方などを話し合えるよう職場の上司と妊婦をつなぐ「橋渡し」の役割も担う。福利厚生の一環と捉えるのではなく、女性に長く活躍し続けてもらうための投資と考えてサービスを導入する企業が多いのだという。
医療費圧縮が見込めることも大きい。健保組合への参入はハードルが高いとされるが、ママウェルはサービス提供開始から2年弱で全国の単一健保組合の1%超へのサービス導入を達成した。現在、企業と健保組合を合わせて約140社がサービスを導入している。
ママウェルの社名には、母親という意味の「ママ」と、健やかさを表す「ウェルビーイング」「ウェルネス」を掛け合わせた。「Mama」と「Well」の頭文字が大文字なのは「MW」が助産師の略号だからだ。「助産師を活用して元気に健康的になってほしいという思いを込めました」(関氏)と言う。
サービスの導入先は、企業や健保組合だけにとどまらず自治体にも広がり始めている。東京都の品川区では妊娠・子育て支援事業の一環としてサービスが採用され、区内の300人を対象にサービスが始まっている。渋谷区でも今年、実証事業に採択された。
関氏は「日本全体で女性の活躍推進を目指す上で大きなネックになるのは妊娠・子育て。女性がどんどん活躍できる社会づくりのためにママウェルのサービスを役立てたい」と話す。医療機関などからもサービスにアクセスできるようにすることで「将来は母子手帳をもらうのと同じような感覚で、妊娠したらママウェルに登録するのが当たり前というふうにしたい」と意気込みを語ってくれた。

株式会社MamaWell
所在地:茨城県つくば市吾妻2-5-1 つくば市産業振興センター1F
設立:2022年8月
代表取締役:関 まりか
事業内容:パーソナル助産師によるヘルスデータに基づいた妊娠期からの健康管理サービスの提供