福岡の美容室経営者が、後継者不在の天ぷら専門店を譲り受けた。経営多角化の挑戦を支えるのは旧知の絆。地域に親しまれた味をしっかりと守りながら、地域に愛されるお店を目指し日々奮闘を続けている。
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天ぷらまつお |
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譲渡側:天ぷらまつお(代表:松尾氏)
昭和48年に創業後、福岡市西区で平成17年に開店した天ぷら専門店。代表の松尾氏は21年間黒字経営を続けたが、後継者不在のため、76歳で第三者承継を決意した。
譲受側:株式会社sincere growth(代表:横山氏)
横山氏は福岡市早良区で美容室を夫婦で経営。以前から飲食店経営に興味があり、経営の多角化を検討していた。
譲受側:横山氏
私は美容室のオーナーなので、ふだん天ぷら店の運営は、店長の阿部さんとスタッフに任せています。従業員は、調理師3人、パート3人の6人です。ご夫婦でお店を経営していた以前と比べると、やはり人件費の負担が大きく違いますね。私がお店に入って切り盛りすればその分人件費がかからないのですが、そういう訳にもいきません。そうしたこともあって採算面の打開を図ろうと、10月から提供メニューの価格を改定しました。その分、提供する天ぷらのクオリティを高めました。一番人気はお好み定食ですね。えびやキス、イカ、とり天など8品。唐揚げやキス南蛮といった天ぷら以外の新メニューも充実させました。その効果もあって、売上は順調に伸びています。現在、週休2日(定休日は月・火曜日)の営業ですが、近いうちに無休体制に移行したいと考えています。そのため、従業員をもう1人増やす予定です。無休体制であれば増えた人件費も賄えると考えています。人件費を減らす考え方も分かるのですが、人手・人材を確保する視点も重要だと考えています。
譲受側(店長):阿部氏
7月の開店後も、私が慣れるまで松尾さんご夫婦に指導してもらいながら、何とかここまで来ることができたというのが率直な感想です。現在はご夫婦ともに引退されたので、私とスタッフで日々考えながらお店を回しています。
譲受側(店長):阿部氏
通常営業をしながら、仕込みから揚げまで一つひとつ覚えないといけないのが大変でした。私は和食料理店で勤めた経験はありますが、天ぷら専門店は勝手が違います。天ぷらを揚げる技術は奥が深く、そう簡単に身につくものではないので、いまだに苦労しているところがあります。衣の加減や揚げ方、提供するタイミングなど好みもあるので、なるべくお客さまの嗜好を覚えるよう少しずつ改善を図っています。
譲受側:横山氏
受け継いだメニューや味、調理方法、提供スタイルは基本的に変えていません。また、毎日天ぷら油を交換しているので胃もたれしにくいです。酸化していない油で揚げていますからね。松尾さんの時代からそこはこだわって、手を抜かないつもりです。その他、豚ロースの筋切りやイカの臭み取りといった下処理はもちろん、仕込みの手間暇は惜しみません。一切妥協しない精神は、松尾さんからしっかりと受け継がせてもらっています。
譲受側(店長):阿部氏
お店に来店されるお客さまは、本当にいい人ばかりでありがたいですね。近所の方々は、通りすがりにお菓子やくだものを差し入れてくれたりします。そういうお客さまの気持ちを大事にしていきたいですね。お客さまの存在が励みになっています。
譲受側:横山氏
本業の美容室は、令和3年9月に開業しました。人員は、私と私の妻、正社員2人の4人です。おかげさまで業績は順調で、売上は毎年伸びています。天ぷら店との経営の多角化の効果はこれからですね。今は美容室で天ぷら店の宣伝をしたり、天ぷらを食べたお客さまに感想を聞いたりしてお店の運営に活かすようにしています。当初、私が譲り受けようと思ったのは、美容師の人材確保という点が一番大きいですね。美容師は、拘束時間の長さから出産や子育てを機に辞めてしまう人が多い。おまけに人手不足が深刻な業界でもあります。そうした人材に対して、子育て中は美容室からほど近い天ぷら店でパートとして働いてもらい、いずれは私の美容室に復帰してもらえるような環境を整えていきたいと考えています。
譲受側:横山氏
美容室のお客さまから、天ぷらまつおが後継者探しをしているとの話を聞いたことがきっかけでした。近所でも評判の天ぷら専門店というのは私も承知しており、以前から飲食業界に関心があったことから興味を持つようになりました。また、私と阿部さんは千葉県出身の地元仲間で、2人で何か事業ができないかと考えていたところでした。その後、令和7年1月に日本公庫の事業承継マッチング支援に登録し、松尾さんとの交渉を希望しました。
譲受側:横山氏
第一印象はとても清潔な店内でした。調理機器も今のところ大きな故障はありません。長い間、すごく大切に使用されていたのだなと感じています。
譲受側:横山氏
やはり電気ガスやテナントなど、いろいろな契約の更新手続きですね。魚市場など仕入関係もあります。日本公庫から紹介された福岡県事業承継・引継ぎ支援センターを通じて、さまざまな専門家の方の支援を受けることができたので、たいへん助かりました。センターから弁護士を紹介してもらい、書面手続きではお互いに相違がないかを専門家立ち合いのもと進めることができたので、安心しました。テナントの再契約では敷金など意外な出費もかかりましたが、日本公庫の事業承継・集約・活性化支援資金の融資を活用することができました。
譲受側:横山氏
飲食店の場合、一番は技を受け継ぐことができるのが魅力です。その人が長年経験して培った技術を教えてもらえるのはありがたいですね。天ぷらで言えば、素材一つひとつの仕込みから揚げ方まですべてです。今では店長の阿部さんが、新人の従業員にそうした技を教えています。加えて、最初からお客さまや従業員が付いているのも大きいですね。ベテランの従業員であれば、その経験が譲受後のお店の安定的な運営にもつながりますので。自ら創業する新規出店では考えられません。
譲受側:横山氏
阿部さんとは20年来の古い付き合いで、昔から真面目な性格であることは知っていました。今回、彼が福岡に来たことが大きな転機となりましたが、天ぷら店の店長を任せたのもそうした理由からですかね。不思議な縁を感じますが、私は彼を信頼しています。
譲受側(店長):阿部氏
横山さんには本当に助けられています。福岡の地で親友から託されたお店なので、途中で投げ出すわけにはいきません。また、松尾さんが長年続けてこられた事業でもあるので、その思いを受け継いでがむしゃらにやり抜くだけですね。
譲受側:横山氏
リスクヘッジというか、事前に懸念されるリスクをよく調べておくことは大切です。しっかりとした事前準備は必要ですね。
譲受側(店長):阿部氏
飛び込む気持ちは持ってほしいと思います。また、それと同じくらい準備することも大切です。
譲受側:横山氏
新店舗の出店などを考えたこともありますが、今はまだ、天ぷらまつおのことで頭がいっぱいです。