岩手県花巻市にある、キノコや山菜の専門店「きのこやおいよ」。
高齢となった店主は「お客様のためにも店を残したい」と事業承継を決意。そこへ手を挙げたのが、盛岡に本社を構える2WAY株式会社だった。
きのこやおいよ |
譲渡側:きのこやおいよ(代表:及川氏)https://blog.goo.ne.jp/oiyo463
50代後半で「きのこやおいよ」を創業。未経験でのスタートだったが、少しずつ業績を伸ばしていった。年齢を重ねて「常連のお客様や、キノコを卸してくれる人たちのためにも店を残したい」と考えるようになり、事業承継を決意した。
譲受側:2WAY株式会社(代表:佐藤氏)https://www.twowaygr.com/
盛岡市出身。令和4年に「2WAY株式会社」を創業し、ペット事業を主軸にマーケティングやコンサル事業などを手掛ける。キノコを扱うのは初めてだが、通信販売のノウハウを生かした新規事業がしたいと考え、事業承継に手を挙げた。
譲渡側:及川氏
私は生まれも育ちも花巻市東和町で、つい先日、80歳の誕生日を迎えました。「きのこやおいよ」を始めたのは平成14年で、私が50代後半の頃です。もともと実家が小さな食料品店を営んでいて、高校卒業後はそこで働いていた時期もありました。その後、さまざまな職種を経験しましたが、心の底では「きのこやおいよ」のような仕事がしたいとずっと思っていたんです。そんなあるとき、勤めていた会社を辞めることになって一念発起しました。
東和町の中でも田瀬地区という土地は、良いキノコがたくさん採れる場所です。店を出してすぐの頃は、田瀬地区の知人を訪ねて「キノコ買います」っていうポスターを貼らせてもらったり、キノコ採り名人を紹介してもらい、店に卸してもらうようお願いしたりしていました。その後、テレビの取材をきっかけにたくさんの人に知っていただいて、今に至ります。
譲受側:佐藤氏
私が2WAY株式会社を立ち上げたのは、令和4年4月のことです。それ以前は会社勤めをしていましたが、転職した際、前に勤めていた会社のお客様に「会社が変わりまして…」と挨拶に行ったんです。そうしたら「前の会社の佐藤さんだから依頼していたのであって、今のあなたには頼まない」と言われたんです。厳しい言葉だと思う一方で、会社という看板がなくても自分には価値があることを証明したいと考え、創業しました。
現在はドッグホテルをはじめとするペット事業を主軸に、商品開発やマーケティングなどのコンサル事業も手掛けています。
譲受側:菅原氏
私は佐藤と同じ会社で働いていたことがあり、今回の事業承継をきっかけに2WAYの副社長として新たなスタートを切りました。ECサイトの構築や運営に関する知識と経験があるので、今後は私がメインとなって「きのこやおいよ」を展開していく予定です。
譲渡側:及川氏
今から1年半くらい前に、盛岡商工会議所と日本公庫が合同で主催する事業承継のセミナーがあったんです。それを見に行ったのが、本格的に考えるようになったきっかけです。その前はよく覚えていないのですが、ぼんやりとでも事業承継について考え始めていたからこそ、セミナーに参加したのだと思います。
また、今は何をやるにしてもパソコンが必要な時代です。私も店を開いてからパソコン教室に通って、ホームページの開設やブログなどにチャレンジしてきました。でもその一方で、時代に追いつくことの大変さと言いますか、新しいことを覚えて作業が完了するまでの時間が、大幅にかかるようになっていきました。
それでも商品を買ってくれるお客様と、売ってくれるお客様のことを考えると、店を畳むという選択はしたくないと思ったんです。それはあくまでも自分にとって最後の手段と考えていました。
そこで、令和5年9月に日本公庫盛岡支店の担当者の勧めで、事業承継マッチング支援に登録しました。また、令和5年11月には、日本公庫主催のオープンネーム後継者募集イベント「事業承継マッチングin岩手」に登壇し、店舗の名前を出して後継者を募集しました。
譲受側:佐藤氏
私は及川さんが登壇されていた事業承継のイベントに、オンラインで参加していました。実はあのとき、自宅で料理をしながら視聴していて、及川さんのお話が始まったときも「へぇ、花巻市のキノコ屋さんか」とだけ思っていました。でも及川さんが、「通信販売が得意な人に承継したい」とおっしゃって、その瞬間に「それ、うちの会社のことだ」って思ったんです。
実は私や菅原は、通信販売を得意とする会社に在籍していたことがあるんです。その頃に培った知識や経験を今の会社に生かしたいと思っていたのですが、なかなか形にできずにいました。そのため及川さんのお話は、私たちにとってもちょうどいいタイミングだったんです。
もちろんキノコという商材を扱ったことはありませんでしたが、ハードルの高さなどは感じていませんでした。むしろ、やる人が少ないから勝算があると思ったんです。
譲渡側:及川氏
その点に関しては私も同じで、キノコを選んだのはほかに競争相手がいないからなんです。私は以前、魚屋で働いていたことがあり、鮮度に対して敏感な所があります。松茸など高級なキノコも魚と同じで、鮮度が命。ましてや魚は塩をして燻したりすれば日持ちしますが、高級なキノコはそうはいきません。買っていただいたお客様には、できる限り早く調理してもらわないといけない。そういった制約は売り手側から見ると非常に厳しい部分で、あまり手を出す人がいないんです。
また、私が店を始めるとき、地域にある松茸組合の組合長から「松茸は化け物みたいなものなんだよ。値段はあってないようなものだし、たくさん採れる年もあれば、本当に稀少で宝物を発見するようにしか採れない年もある。だから気を付けてやりなさい」と言われました。それが頭の隅にずっと残っていたんです。改めて考えてみると、キノコは10年や20年という長い時間をかけて、ようやく商売として成り立つものなんだと実感しています。
譲渡側:及川氏
2WAYさんが手を挙げてくれたときは、うれしさ半分、不安も半分という気持ちでした。実際に付き合ってみなければわからないと、お互いに感じていたと思います。ただ先ほどもお話したように、私一人では通信販売の部分が対応できないので、それが得意だということが大きかったです。キノコに関する知識は私が伝えていけばいいですし、私が不得意な部分で頼りになるという点が、事業を承継する決め手になりました。
譲受側:佐藤氏
初めて及川さんにお会いしたとき、私は結構、必死だったと思います。自分にとっては、キノコを商品にするという事業が、どんな風に成り立っているのか謎だらけだったんです。だからすごく興味を持っていましたし、なぜその事業を選んで、どうやって展開してきたのかが知りたくて、たくさん質問させてもらいました。実際に事業承継が決まるまでは早くて、初めてお会いしてから2ヶ月くらいで決定したと思います。
話しを進める上で、日本公庫さんが間に入ってくれたことも大きかったです。面談に同席してもらって、心強かったです。
譲渡側:及川氏
実はあの時期、私はすごく忙しかったんですよ。自分が入院したこともありましたし、甥っ子の結婚式や親戚の法事なども重なって、とにかく慌ただしかった。そんな中での事業承継でしたが、2WAYさんに承継すると決まったときには、どこか安心したような気持ちになりました。
譲渡側:及川氏
常連のお客様は「承継するっていっても、まだ店にいるんでしょ?」と言ってくださって、悪い印象は受けていない様子でした。応援してくれる雰囲気があり、とても有り難く感じました。
譲受側:佐藤氏
私の場合は友人や仲間から「新聞、見たよ」とたくさん言われましたし、協力するという声ももらいました。
ただ事業承継を伝えたときに一番盛り上がったのは、実は私の親戚なんです。私の家は曽祖父の代に東和町で暮らしていて、旅館を営んでいました。最初はそのことを知らずに事業承継の話しを進めていて、親戚に話したら「そうか、戻ったんだね」と言われて、こちらとしては「え、なにが?」という感じでした。
譲渡側:及川氏
東和町は、洋画家として名を馳せた萬鉄五郎(よろず・てつごろう)という人の生まれ故郷でもあるんですが、その鉄五郎さんが、佐藤家が営んでいた旅館の絵を描いているんですよ。私も小学生の頃に、その旅館へ行った記憶があります。確か学校の先生がそこに下宿していて、その先生に会いに行ったんだと思います。
譲受側:佐藤氏
当時の佐藤家は東和町で旅館を営み、その後、盛岡へ移転したようです。今はもう旅館業はやっていないんですが、自分のルーツが東和町にあることを知って、不思議な巡り合わせのようなものを感じています。
譲渡側:及川氏
譲渡する側は、仕事に興味を持って好きになってくれるように、相手へ伝えることが大切です。また譲受する側は、まずはやってみて自分で切り開いていくこと。譲受した事業を土台にして、自分なりの商売をやっていくことだと思います。
譲受側:佐藤氏
オリジナルの商品はないけれど起業したいという人は、少なくないと思います。実際に私がそうでしたし、自分の商品やサービスを作り上げていくことは本当に大変でした。でも事業承継の場合は、先人たちが一番大変な部分をすでに作ってくれています。あとはそれを伸ばしていくという所からスタートできるので、新しい事業にチャレンジしたいという人に、ぜひ勧めたいと思っています。
譲受側:菅原氏
私はインターネットで商品を販売する仕事に長く携わってきたので、それが最大限、自分を活かせるポイントだと考えています。
さらにここは土沢地区という素敵な地名があるので、しっかりとしたブランディングもしていきたいです。この地域で採れる質の高いキノコや山菜を、「土沢◯◯」などの名前でブランディングし、この土地でしか採れない商品として展開することを考えています。
ただキノコは足が早いので、ECサイトで販売するときには注意が必要です。この地域では7月頃から本格的にキノコのシーズンが始まるので、今後はECサイトでの販売も考慮しながら勉強していく予定です。フレッシュな状態で販売するだけでなく、加工して日持ちする商品があってもいいんじゃないかなど、やりたいことやアイディアもたくさんあります。
またキノコの買い取り状況に関しては、これまで及川さんが記録してきたデータがあるので、それを参考にしつつ、現場でも及川さんから教わっていく予定です。品質の良し悪しや、虫食い、色落ちなど、自分の目で見てしっかり見極めができるようになっていきたいと思っています。
譲渡側:及川氏
まずは山に入れるようにならないとね(笑)。この間、案内したら虫が苦手だって言ってたから。ただ山には危険な虫がいるし、クマも出る。私だって何回もクマに遭遇しています。十分な装備が欠かせませんし、用心した上で入る必要があります。
あとは私も、歩けるうちは山でキノコ採りを続けたいと思っています。山に入るときは柄の長いカマを持って行くのですが、それを杖代わりにしてでも続けたいですね。そうした山の魅力も含めて、しっかりと伝えていきたいです。