創業50年以上にわたり、河内長野市で機械部品加工を営んできた会社が事業承継を実現した。代表が変わっても、長い歴史の中で築き上げてきたものづくりの技術とお客様との信頼関係が引き継がれている。
株式会社熔工社 |
譲渡側:株式会社熔工社(代表:井戸氏)
大阪府河内長野市に鉄工所を構え、創業以来55年以上にわたりパイプ切断機など機械設備のパーツの溶接を中心に事業を営んできた。熟練した職人の技術への評価が高く、多くのお客様から頼られる存在。
譲受側:丸正工業株式会社(代表:丸橋氏)
長年大阪府八尾市で金属加工業を営み、配電盤を中心に、ケーシングや扉、屋根などの金属加工を請け負ってきた。誠実な顧客対応と品質の良いものづくりを目指す姿勢で大手企業とも厚い信頼関係を築いている。
譲渡側:井戸氏
4年前に病気で入院した際に、親方である私が不在になったために工場の仕事が止まってしまい、そこで初めて後継者について考え始めました。たくさんのお客様にも頼りにしていただいていますし、従業員の生活を守る責任もあるので廃業するわけにはいきません。しかし、子どもは娘が二人。親戚にもあちこち当たりましたが引き継いでくれる者がいなかったので、もっと範囲を広げて探さなければと思い、M&Aの仲介業者にも登録をしました。そんな中、日本公庫から事業承継マッチング支援のお話を聞き、相談をしました。
譲受側:丸橋氏
私は、以前からニュースなどで2025年には大廃業時代が訪れると聞いて危機感を持っていました。実際に仕入先や知り合いの会社でも、黒字でありながら後継者がいないという理由でやむをえず廃業しているケースが見られます。しかし、その会社にもそれぞれ、長く社会に貢献されてきた歴史があるはずです。先人たちの知恵や努力によって培われてきた技術やお客様からの信頼もあります。その築き上げてきたものが、後継者不足という理由だけで途切れてしまうことが非常に惜しい。微力ながら、そこに私が何かできないかと考えました。また、M&Aは当社の事業を広く展開していくための手段にもなると考え、日本公庫のホームページで後継者を求める企業を探し始めました。
譲渡側:井戸氏
日本公庫に、いつ頃、どんな条件のもとで事業承継がしたいかをヒアリングしてもらった後、ホームページに事業概要などの情報を掲載してもらいました。掲載された情報を見て、いくつかの会社から問い合わせがありましたが、地域や業種が異なる会社はお断りをして、丸正工業さんを含めより私の希望に近い2社と面談しました。
譲受側:丸橋氏
私は日本公庫のホームページで所在地や業種を絞り込んで企業を探しました。中でも熔工社は55年もの歴史がある会社だと知り、それなら培われてきた技術や信頼も大きいだろうと思って面談を希望しました。
私自身が小さい頃からよく工場で遊んで育ってきたのですが、実際に熔工社の工場を見学させていただいた時、その雰囲気や従業員の方々が働いている様子を肌で感じて、幼少期の思い出が蘇るようでした。鉄を触って仕事をしているところも、私たちと同じ。井戸前社長も「現場の親方」という雰囲気で、非常に親しみやすい印象を受けました。
また、溶接されている部品について色々とお話をお聞きしたところ、想像していた通り、丸正工業の事業内容とも近いと分かり、きっと引き継ぐことができると思いました。
譲渡側:井戸氏
私も、丸正工業さんは私たちと同じ溶接・金属加工をしている会社だから問題なく技術を引き継いでくれるだろうという期待がありました。交渉の過程で私から丸正工業さんに伺い、工場の見学をさせてもらいましたが、従業員の方々もたくさんいて礼儀正しく迎えてくれましたし、設備も充実しています。大手のお客様ともたくさん取引をされているので、「この人の会社なら間違いない」と思いましたね。
譲受側:丸橋氏
私はぜひ引き継ぎたいと思っていたので、次は私たちのことも見てもらいたいと思い、一回見学に来ませんか、とお電話したんです。特別何か用意するということはなく、普段通りの仕事の風景を見ていただきました。
譲受側:丸橋氏
私は最初にお会いした段階から前向きな気持ちでした。2回目にお会いするまで、2、3ヶ月空いたのですが、その間に一度私から「私は前向きに考えているので、よろしくお願いします」というお電話もしました。その後にも2回、3回と面談に伺いましたが、訪問するたびに「是非とも譲り受けたい」という気持ちが高まっていきましたね。同じ業種なので、私たちの持っている技術でこれからも事業を続けていけると確信できたからです。
井戸前社長に対しても、この方となら意見が違う場面があっても話し合っていい方向に向かっていけると思いました。言葉にするのは難しいのですが、結婚のようなものです。簡単にいうと、「この人たちと一緒に仕事がしたい、良いものを作っていきたい、お客様にも喜んでいただきたい」と思ったんです。
譲渡側:井戸氏
丸橋社長の熱意は感じ取れましたよ。何度も電話をくれて、訪問していただく中で、いろんなお話をしましたね。お得意様との関係性や仕事の内容など、分かり合える部分もたくさんありました。
丸正工業さんの他にも、日本公庫からもう一社紹介してもらって面談をしたのですが、事業内容がマッチしなかったのでお断りしました。また、同時に民間のM&A仲介会社とも3社ほどお話をして、日本全国から何十社とマッチング候補のリストももらっていました。しかしそれを精査するのも大変ですし、仲介手数料が高く、話が進まなかったんです。他にも手を挙げてくれる会社が見つかれば比較検討をしてみたいと思い1年半ほど検討を続けましたが、丸橋社長とは相性の良さを感じましたし、これ以上長引かせて「逃した魚は大きかった」と後悔したくないですから、今が決め時かというタイミングで承継を決意しました。
譲受側:丸橋氏
熔工社さんも、後継者が見つからなければ廃業になってしまいますが、そうなればお客様や従業員の方々が困るのはもちろん、仕入先も熔工社という取引先を一社失うことになります。この会社を続けていくことが、関わる全ての人にとって良い解決方法だと感じました。
譲受側:丸橋氏
面談の際に、日本公庫の担当者が何度か同席してくれました。間に入って話をうまく進めてくれることは、事業承継を成功させる上で大きなポイントだと思います。2人きりだったら、あれほどスムーズに話が進まなかったと思います。承継が決まってからは、日本公庫が紹介してくれた大阪府事業承継・引継ぎ支援センターの方が中立の立場で説明をしてくれ、条件の交渉や最終の手続きまでをサポートをしてくれました。
譲渡側:井戸氏
民間のM&A会社だと仲介料等で費用が高くなるので、そこが一つのハードルとなって迷う方もいると思いますが、日本公庫も引継ぎセンターも公的な機関なのでその点は非常に安心できました。契約でも面談でも手厚くサポートしてもらえたので、事業承継を考える方にはぜひとも日本公庫さんに相談してほしいですね。
譲渡側:井戸氏
お客様と従業員を守りたいという気持ちが強かったので、これまでの仕事の内容はそのまま継続し、従業員もこれまでと同じ条件で働き続けられる環境を求めました。
譲受側:丸橋氏
その点に関しては責任を持って引き受けます!社名もそのまま引き継いでいます。熔工社とお客様との間で長年築かれてきた信頼関係もありますし、従業員の方々にとってもその方が良いだろうと思い、私の方から社名を残すことを提案しました。
逆に私からお願いしたことは、事業承継後も井戸前社長には3年間来ていただくことです。熔工社は丸正工業と同業種ですが、作っているものもやり方も違うので引き継ぎが必要ですし、お客様も突然社長が変わると不安になるだろうと考えました。今でも、誰よりも早く工場に来て、誰よりも遅くまで仕事をしてくださっていますね。
譲渡側:井戸氏
これまで、現場の工程管理も配達も経理も私一人でやってきたので、それを引き継ぐにはなかなか時間もかかりますから。これから少しずつ引き継いでいって、3年後くらいにフェードアウトできればと思っています(笑)
譲受側:丸橋氏
事業承継は、仕事だけでなく人の信頼も引き継ぐことだと思っています。50年間で築き上げてきたものがあるので、お客様からも従業員の方々からも「この人と一緒にやれそうだ」と感じていただくまでにはやはり3年は必要。今は井戸前社長が抱えている10の仕事を、一つずつ教わりながら引き継ぎしてもらっています。
譲渡側:井戸氏
お客様にも従業員にも、事業承継が正式に決定するまで何も伝えていなかったので、やはり驚かれましたね。
お客様には何社か一緒に引き継ぎのご挨拶に伺いましたが、私が以前入院したこともご存知なかったので私が引退するとは思っていなかったようで、びっくりされていました。ただ、その後も変わらずお取引をいただいているので、安心して下さっているのではないでしょうか。私が元気なうちに承継ができて良かったと思います。
従業員も最初は驚いていましたが、働く場所も仕事の内容も給料も変りませんし、私もしばらくは出社するので、「親方が変わるだけだと思ってくれたらいい」と伝えると、今まで通り仕事に励んでくれています。
譲受側:丸橋氏
熔工社がこれまでやってきたことを継続させることが私の使命だと思っているので、私も、まずはお客様にこれまでと変わらぬご愛顧をいただくこと、そして従業員の方々に引き続き来てもらえるようにすることが大事だと思っています。
私自身の仕事は、午前中は丸正工業、午後からは熔工社に出社するスタイルに変化しました。ただ、事業承継を考える以前から、社長として半分は社内に目を向け半分は外を向いていないといけないと考えていたので、仕事を少しずつ社員に渡していたんです。そのおかげで私の仕事のスタイルが変わっても、丸正工業の従業員には特に大きな変化がなく、うまくやってくれていますね。社長が常時いなくても会社が回る仕組みを作っておくことが、M&Aをスムーズに進める大切なポイントなのかもしれません。
譲受側:丸橋氏
まずは熔工社の事業を継続させることが大事ですが、そのためには、人材の確保が必要です。3~4人体制にまで人を増やし、仕事をしっかりと受注できる体制を整えたいと思います。
また、熔工社がこれからも継続するためには時代に合わせた変化も時には必要なので、丸正工業で培ったノウハウも活かせるところは活かします。ただ、なんでもかんでも丸正工業のやり方を当てはめるのではなく、どうすれば熔工社の生産性と利益アップにつながるかを見極め、最善策を取りたいですね。
例えば、工場の工程管理は、これまで井戸前社長が全てお一人で行っていましたが、それを私一人が引き継ぐのは大変です。これからは工程も売上も見える化し、みんなが全体の流れを把握して効率的に動けるようにしたいと思っています。従業員の方々と話し合って良い方法を一緒に考え、力を合わせてやっていくことが今後次世代に引き継ぐ上でも大切になると思います。
譲渡側:井戸氏
あとは丸橋社長がやってくれると安心しています。自分が社長の立場にいた時はそれほど意識をしていませんでしたが、知らないうちにプレッシャーを感じていたのか、事業承継を終えてみると「任せられる人がいるんだ」と肩の荷が下りたようで、気持ちが非常に楽になりました。これからは自分の人生をエンジョイしようかなと思います。
譲受側:丸橋氏
私が引退をして70歳、80歳になっても、近くを通りかかったときに「熔工社、頑張ってるな、やってくれてるな」と思える状況を作りたいですね。私は熔工社の4代目にあたりますが、5代、6代、7代と続き、いつまでも「熔工社」という看板が残っていたら素敵じゃないですか。そういうところを目指しているんです。
譲受側:丸橋氏
まずは動くこと!事業承継を検討するにあたり熔工社以外の会社とも面談をしましたが、実際に足を運んでみると、ホームページで見る情報とはまた違った印象も得られます。社長とお話をして、会社を見学して得られた肌感覚は数字では得られないもので、とても大事だと思います。
あとは早く寝ることです(笑)。体力がなければ気力も無くなってしまうので、しっかりと寝て、体力を蓄えることが大切。ぜひ日本公庫の支援を活用して、日本の企業を存続させていきましょう。