令和4年11月、宮城県石巻市中央に新たに「ヤマキ新道水産」がオープン
「事業承継」の融資制度を利用し、取引先を引き継ぎ、新たな店舗を創業した青山氏に独立の際のお話を伺った。
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ヤマキ新道水産 |
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譲渡側:A氏
宮城県石巻市で50年以上魚介類の販売をしてきた老舗。東日本大震災で、津波による甚大な被害を受けた。近年は経営者の体調悪化や新型コロナウイルス拡大の影響もあったものの、何とか持ちこたえて営業を続けていた。
譲受側:青山氏
令和4年11月、宮城県石巻市中央に新たに「ヤマキ新道水産」をオープン。
譲渡側企業に約10年勤務し、お客様との信頼関係を築いた青山氏は、そのお客様を引き継いで新たなスタートを切った。
譲受側:青山氏
令和4年11月にオープンしたヤマキ新道水産は、飲食店への魚介類の販売を主な事業としています。取引先の約9割は地元の飲食店です。
また、お寿司屋さんに販売するような品質の良い魚介類を店頭に並べていますので、料亭クオリティの魚を食べたい個人のお客様も足を運んでくれます。スーパーなどに比べると値段ではかないませんが、品質で差別化を図っています。
譲受側:青山氏
「自分が納得した商品しか扱わない」ということにこだわっています。それがすべてと言ってもいいくらいです。
新鮮で質の良いものを提供できるように仕入れるだけでなく、店内には活魚用の水槽も置いています。水槽があれば、悪天候による漁の状況にあわせて、活魚を事前に多めに仕入を行うことができるようになります。また、取引のある飲食店には必ず食事に行くようにしています。店の雰囲気やメニューの内容、値段や客層などがわかるため、商品の提供に役立っています。
こうしてお客様との接点を増やしておけば、提案の幅も広がります。例えば、「この魚なら生食でなく加熱したほうがいい」「この魚はこのようなお客様に提供すればいいのでは」などのアドバイスさせてもらうこともあります。
譲受側:青山氏
21歳の時に親戚の紹介で、今回事業承継した会社に入社しました。当時魚には全く興味がなく、また社員が自分の親より年上の方ばかりだったので、これは長くは続かないだろうと感じました。
しかし慣れてくるに従って「魚」という共通の話題もでき、年上の方とも話ができるようになりました。
最初は1年間仕事をすれば四季の魚も分かり、余裕もできるだろうと思っていたんです。しかし2年目でも初めて見る魚がたくさんあり、その頃から魚を扱う仕事の面白さが見えてきて、この仕事を続けていこうと思ったんです。
また飲食店との取引が多かった点も、この仕事を面白いと感じることに繋がっていたと思います。飲食店によっては、とても高価な魚でも商品が良ければ買ってくれるお客様もいました。その経験から、買付の面白さが実感できました。
市場でのせりには入社して2ヶ月目から行っていましたが、最初は何を言っているのかもわからず、魚の種類も知らない上に興味もありませんでした。それでもせりに行く回数を重ねていくと、興味が湧いてくるものです。
例えば、活魚は仕入値が高いので、仕入後に死んでしまったら大きなマイナスになってしまうんです。それで「朝は元気だった魚が、どうして次の日には死んでしまうのか」などと考えるようになって、少しずつ上手く魚を買えるようになりました。さらに一見するとあまり質が良さそうでない魚の中から良いものを見極め、仕入ができるようになってからは、せりの駆け引きの面白さに気づきました。
譲受側:青山氏
閉店するまでの数年は、ほぼ一人で切り盛りしていました。社長は体調が優れず、他の社員も高齢でやめる方もいましたので、魚を扱えるのは私だけでした。きつい仕事も多かったのですが、何でも覚えておいたほうが後で役立つと思い、内容にはこだわらずすべてこなすようにしました。朝は3時頃に出勤してシャッターを開けることから始まり、前日仕入れたマグロをさばいて値段をつけ、市場で仕入れた商品を持ち帰って下ごしらえや値段つけ、お客様の相手から伝票を書くことまですべてです。夕方まで休みなく働いていました。
本当に大変でしたが、この経験があったからこそ、今自分で店を上手く切り盛りできているんだと思います。
譲受側:青山氏
誰にも言わなかったのですが、仕事が面白いと思えるようになってからいつかは独立したいと考えていました。実際に独立を視野に入れて動き出したきっかけは、「店を閉めることにした」と社長から聞いたことです。私達がその話を聞いたのは店を閉めるわずか1ヶ月程前だったので、あまりに突然で驚きました。
しかし、ちょうどコロナ禍で店はあまり稼働していませんでしたので、考える時間は比較的多くありました。閉店までの1ヶ月間普段通りに仕事をしながら、色々なことを考えました。
譲受側:青山氏
「事業承継」という言葉は全く知りませんでした。そのため、当時は自分の身の振り方として、3つの選択肢があると考えていました。
1つ目は元の店を引き継ぐこと、2つ目は独立して新しい店を創業すること、3つ目は他の同業者に就職することです。今考えたら1つ目が「事業承継」ですね。
同業者は今まで市場で良い魚を仕入れることや商売の上での良いライバルと思い仕事をしていましたし、なにより自分の裁量で仕事ができなくなるのは嫌でした。
また店を引き継ぐにも、多くの難題がありました。店舗が賃貸である点や老朽化、震災の津波の影響で設備等も古いものが多かったです。
自分の店を持つにしても、資金面など心配なことが多かったので「新しく店が持てないならば、全く違う業種で働こうと思っている」と妻に相談すると、「せっかく好きな仕事をしているのだから、新しい店をやってみたらいい」と背中を押してくれました。
それで元の店と別の場所にはなりますが取引先や設備を引き継いで創業すると決め、元の店でもお世話になっていた石巻商工信用組合の方に相談したところ、「事業承継」に該当して、そのための融資制度が使えると分かりました。
譲受側:青山氏
取引先を引き継いだ点がメインだと思います。店が閉まると決まったときも、「新しい店がオープンするまでの間でいいからそこで店を続けてくれないか」「仕入先がなくなると困る」といった声もたくさんいただきました。
そのため新店舗をオープンしてからは、取引先がほとんど戻ってきてくれました。
自分としてはお客様との絆はきちんと作ってきたつもりでしたが、やはり不安はありましたので本当にありがたかったです。設備は軽トラックや活魚用の水槽、ステンレスの台などはそのまま譲り受けました。
そして取引先と同じくらい重要である仕事のノウハウも引き継いだと思っています。仕事の一切をすべて一人で切り盛りしていた経験は新店舗のオープンで活きており、困ったことはありません。しかし、現在の仕事は以前とそのまま同じというわけではありませんので、経験してきたことから自分の店にふさわしいことはそのまま引き継ぎ、見直した方が良いことは見直して、自分のやりたいことを詰め込んだ店が完成しました。具体的には、取扱い商品を飲食店向けの商品にしぼり、配達を止め、加工等は有料にする事で仕事を効率化するように見直しました。
譲受側:青山氏
まず事業計画書の作成から始めました。相談した石巻商工信用組合の方は、とても親身になって相談に乗ってくれました。
毎日のように来てもらい、相談事や事業計画書の作成にも付き合っていただきました。おかげで、綿密な経営計画を立てられました。石巻商工信用組合の方にご紹介いただいた日本公庫の方も事業計画書等の書類を丁寧に確認してくれて、非常に親身でした。経理面等のどこに相談したらよいか分からないことでも、聞いたら教えてくれました。
また、同時進行で新店舗の場所探しも行いました。なかなか希望どおりの場所が見つからず苦労していたのですが、知人が紹介してくれた不動産屋さんに、私の希望に合った土地を提供してもらい、建物は新築しました。融資は希望どおり満額の融資が受けられました。緻密な事業計画があったからこそ、スムーズに話が進んだのだと思います。
譲受側:青山氏
オープンして1年経っていませんので、まずは事業をきちんと軌道に乗せたいです。また新規の県外からのお客様などを増やしたいと思います。
最近は、新しくオープンする飲食店や県外の方から連絡をいただくことも増えてきました。珍しい魚が入ったときなどに妻が写真を撮ってアップしているSNSの影響からか、新規で個人のお客様も来てくれています。
取引をしている飲食店も経営者が高齢化していて、後継者がいない店舗も多くあります。そのため、もし取引先が減ることがあれば自分で出資して居酒屋などを経営する方法もいいのではないかと考えています。
譲受側:青山氏
どんな業種でも同じだと思いますが、勤務時に経験できることは全部経験することが大事です。それが独立したときの支えと自信になると思います。
もう一つは、やりたいことをやったほうが良いということです。仮に別の仕事を選んでいたら、今頃きっと後悔していたと思います。今は自分の裁量で自由に仕事ができていますので、本当に良かったと感じています。
特に「事業承継」は特別な融資制度がありますし、取引先や必要な設備を引き継げるので、ぜひ選択肢に入れてほしいと思います。