祖父から孫へ、老舗和菓子店を世代交代
SNS広報や商品開発でさらに人が集まる場所へ

大正13年創業の老舗和菓子店「甲子軒」。100年もの間地域に愛され続けてきた老舗和菓子店を、前店主の孫である星野美沙希氏が事業承継した。新鮮なアイデアを次々に打ち出し、新しい風を吹き込んでいる。

Story’s Point

  • 甲子軒は、長年地域に親しまれ愛されてきた和菓子店。孫の美沙希氏が調理の専門学校に入学すると、お客様でもある地域の人から口々に事業承継を勧められるようになり、祖父の体調悪化をきっかけに事業承継を決意した。
  • 新店舗建設にあたり、松阪香肌商工会の協力を得て、「経営革新計画」を作成。現状分析や将来の売上拡大を描いた計画書をもとに補助金申請や融資の申込みを行ったことで補助金・融資ともにスムーズに承認された。
  • 和菓子と洋菓子を融合させた新商品展開とSNSを駆使した広報で県内外のお客様を増やし、令和4年の売上は、前年の1.3~1.4倍にアップ。令和5年11月にはイートインができる新店舗をオープンする予定になっている。
左側:美沙希氏 右側:美保氏(美沙希氏の母)

左側:美沙希氏 右側:美保氏(美沙希氏の母)

Company Information

甲子軒

11月にオープンする新店舗

甲子軒
所在地 三重県松阪市 創業 大正13年 
業種 菓子製造販売業 従業員数 2名

譲渡側:杉坂 修氏(美沙希氏の祖父)

譲受側:星野 美沙希氏(譲渡側の孫)
「パイン大福」が人気の老舗和菓子店。事業承継後は、「どらやきアイス」など和と洋を融合させたオリジナル菓子やケーキなどの洋菓子の販売もスタート。11月にオープンする新店舗には、美しい空と山の景色を眺めながら和洋菓子を楽しめるカフェも併設される。

ーー事業承継を決心したきっかけを教えてください。

譲受側:美沙希氏

幼い頃から和菓子を作る祖父の姿を見て育ち、お菓子作りに興味を持っていました。ぼんやりとですが、将来は店を継ぎたいという気持ちもあり、高校卒業後は調理の専門学校に入学しました。卒業後、パティシエとして洋菓子店に3年ほど勤めていたのですが、その間に祖父が体調を崩してしまい、母から「店を継ぐなら、早々に辞めて店を手伝わないといけないよ」と言われたことがきっかけで継ぐことを決心しました。
ただ、継ごうと決めた一番の理由は周りからの期待でした。私が専門学校に入った頃から、お客様や近所の人から口々に「おじいちゃんが辞めたらこの店はなくなるの?」「あんたが継がなかったら誰が継ぐの?」などと言われ続けていたのです。甲子軒が地域に愛されていることを実感しました。
祖父からは「継いでほしい」という話は一切なく、事業承継について話し合ったこともないのですが、私が継ぐことを喜んでくれていたのか、近所の人には「継いでくれるんや」と話していたそうです。

譲受側:美沙希氏

譲受側:美保氏

私も、約20年前からお店を手伝ってきて、ご近所さんやお得意様から「ぜひ継いで」と言われていたのですが、一人ではとても無理だと思っていました。そんな中で、娘が継ぐ決心をしてくれ、私も一緒にお店を続けることになりました。
その当時からお店は黒字経営が続いていたのですが、父が高齢になってからはお菓子の生産量が落ちていました。ただ、買いに来てくださるお客様は多く、「今日はもう売り切れました」とお帰りいただくことも多かったので、娘には、頑張って生産量を上げれば売上をもっと伸ばせるという話をしました。

譲受側:美沙希氏

その話を聞いて、今のお店に私の洋菓子の技術を上乗せすればきっと経営を続けていける!と思いました。

ーー事業承継までの間はどのような準備を行いましたか?

譲受側:美沙希氏

パティシエを辞めた後、3年ほどはカフェなどでアルバイトをしながらお店の手伝いをしていたのですが、祖父が昔ながらの職人気質で、最初は配達やパック詰めしかさせてもらえませんでした。和菓子作りに関しては「見て覚えろ」というスタンスで、最初は本当に見るだけ。材料の量も何も教えてくれなかったんです。
本格的に製造を手伝うようになったのは、事業承継まで半年を切った4月頃です。ようやく材料なども少しずつ教えてくれるようになったのですが、昔の人なので単位も「グラム」ではなく「もんめ」とか「しゃもじ一杯」とか。それをグラムに換算し、書き起こして、なんとか全てのレシピを揃えました。
私が製造を始めてからも、祖父に「この味じゃない!」と言われて喧嘩したり、「ここからはワシがやる」と作らせてもらえなかったりと、苦労しました(笑)。それでもお客様から「味が変わった」とは言われたくなかったので、意地で食いついていましたね。

ーー事業承継の意志が揺らぐことはありませんでしたか?

譲受側:美沙希氏

一度継ぐと決めたからにはやり抜こうと思っていました。何より、私が店に立つようになると「あなたが継ぐんやなあ」「よかったなあ」とお客様がみんな喜んでくださったんです。「私が頑張らなければ!」という気持ちになりました。
事業承継を間近に控えた9月頃には、祖父に「今日はもう私に任せて休んで!」と半日で切り上げてもらい、少しずつ店に立つ時間を短くしてもらっていました。心配なのか最初は何度も様子を見に来ていましたが、そのうちに祖父もだんだん任せてくれるようになりました。

ーー支援機関からはどのようなサポートを受けましたか?

譲受側:美保氏

娘が本格的に継ぐことを決めてから、以前からお付き合いのあった松阪香肌商工会の藤岡さんに連絡しました。お店の建物が老朽化していてそのままでは経営を続けることが難しかったので、隣に新店舗を建設することになり、その建設費用を調達するために藤岡さんから補助金のことを色々と教えてもらいました。

松阪香肌商工会商工会:藤岡氏

補助金には中小企業庁の「事業承継・引継ぎ補助金」の活用を勧めました。その申請にあたって、まず美沙希さんと美保さんの二人から現在の経営状況や今後の目標などを聞き取り、「経営革新計画」を作成しました。三重県から経営革新計画の承認を得ることができれば、補助金申請の後押しとなるとも考えられますし、将来的な資金繰りや必要な設備なども明確になりますから。また、補助金だけでは資金が足りないので、不足分は桑名三重信用金庫と日本公庫による協調融資の利用を勧めました。今考えれば、協調融資の審査でも、最初に経営革新計画を作成していたことが大きな強みになったと思います。

ーー商工会の支援を得られて良かった点は?

譲受側:美保氏

経営革新計画や申請書類の作成でかなりのサポートをしていただいたので、大変助かりました。頼りっぱなしだったと思います。

松阪香肌商工会商工会:藤岡氏

先代の修さんは商工会の事業に協力的な方で、私も30年ほどのお付き合いがあり、お店のこともよく知っていたのでやりとりがスムーズでした。現在の売上状況などを聞くだけでもある程度の計画書を作成できるほど交流が深かったので、支援がしやすかったですね。
ただ、何より美沙希さんに前向きな経営姿勢があったことが支援がスムーズに進んだ一番のポイントです。美沙希さんは、和菓子製造の技術を修さんから受け継いでいる上にパティシエとしてのプロの腕前も持っています。さらに、新商品開発への意気込みも熱く、経営への本気度が伝わってきました。一方で美保さんは、お店の経理を担ってこられているので数字に強く、保健所への届出など手続き関連に長けています。
私たちが経営をサポートする際に、どうしても「夢だけを語る人」や「数字だけにこだわる人」では支援が難しいことがあるのですが、甲子軒では美沙希さんが今後のご商売についてのビジョンをしっかりお持ちで、一方で美保さんが資金面を管理されているという役割分担が明確になされていて、その両方の軸がしっかりとあったのでトントン拍子で話が進んでいきました。

左から、美沙希氏、美保氏、松阪香肌商工会藤岡氏

左から、美沙希氏、美保氏、松阪香肌商工会藤岡氏

ーー桑名三重信用金庫と日本公庫からの協調融資はスムーズに受けられましたか?

譲受側:美保氏

商工会のバックアップもあり、また、桑名三重信用金庫と日本公庫の担当者の間で連携しながら進めてもらったため、スムーズに手続きできました。経営革新計画も提出していましたし、なおかつ新商品開発などにも積極的に取り組んできたことを評価いただきました。

松阪香肌商工会商工会:藤岡氏

事業承継後にちょうど三重県産業支援センターに申請した経営革新計画の認定がおりたので、そのまま同センターから桑名三重信用金庫と三重県信用保証協会、日本公庫に直接計画書を送ってもらい、補助金の申請と融資の申込みが同時に進むようにしました。支援機関の足並みを揃えられたことも、融資の申請を進める上でメリットになりましたね。どの支援機関も前向きでしたし、お孫さんが事業承継するという事例が滅多にないということで、新聞社にも記事にしてもらえました。

ーー支援を受ける中で大変だったことは?

譲受側:美保氏

経営革新計画を作成するにあたって、具体的な数字を予測しなければならなかったところです。新店舗を建て、生産量を増やして売上拡大を目指す計画だったので、売上後に出てきた数字を計算する経理とは違い、何もないところから数字を出さなければいけない点が難しく、藤岡さんからアドバイスを受けて進めていきました。

松阪香肌商工会商工会:藤岡氏

美沙希さんに「どんなメニューを作っていきたい?」と聞けば「あれをやりたい、これをやりたい」という話が出てきて、美保さんからは「原材料や単価はいくらで」と具体的な数字がすぐに返ってくるので、数字を煮詰めていけば予測は容易に立てられます。打てば響く事業者さんなので、サポートもやりがいがありました。

ーー資金面以外にはどのような支援を受けましたか?

譲受側:美沙希氏

経営革新計画を提出した後で、三重県信用保証協会の方から同協会主催の「創業カレッジ」に誘っていただき、10月から翌年の2月にかけて受講しました。11月には商工会主催の創業セミナーにも参加しました。事業を始めるために何をしなければいけないか、流れを細かく教えていただいたのでとても勉強になりました。
同じように開業を目指す人とのコネクションを得られることも強みになると思います。お互いに事業をアピールし合え、情報交換もできました。

ーー事業承継後、変えずに続けていることや、逆に変えたことはありますか?

譲受側:美沙希氏

最初は商品数を絞るつもりでしたが、なくなるとお客様から「あれはないの?食べたかったのに」と言われることが多かったので、結局全商品を残すことにしました。祖父から受け継いだ味も変えずに守り続けます。とくにパイン大福やよもぎ大福は祖父の代からの人気商品なので、味が変わったと言われる覚悟だったのですが、常連のお客様からも「そうそう、この味!」と満足いただいてホッとしています。

昔からの人気商品「パイン大福」などの和菓子

昔からの人気商品「パイン大福」などの和菓子

譲受側:美沙希氏

一方で、私が得意な焼き菓子を新たに加えたり、「どら焼きアイス」や「パフェ」など和と洋を融合させた商品を開発したりと、新しい商品も増やしています。
去年からはSNSも活用し始めました。店舗が住宅地の中にあるため、これまではお店があることが広くは知られていませんでした。お客様も近所の方や昔からの馴染みの方が多く、新規のお客様は少なかったのですが、SNSを始めたことでお店の存在が認知され、来店してくださるお客様の数が増えました。大阪など、遠方からわざわざ買いに来られる方もいます。SNSを通じて地元のスーパーからも連絡をいただいて、卸先も一件増えました。SNSの発信力の高さに驚いています。

新しく商品に加えた「どら焼きアイス」や洋菓子

新しく商品に加えた「どら焼きアイス」や洋菓子

譲受側:美保氏

これまでは、夏になると売上が落ちてしまっていたのですが、SNSの効果やパフェなどの夏向けの商品を展開したことで、前年の売上が一昨年の1.3〜1.4倍ほどにアップしました。今年はもっと上げたいですね。

ーー新たに取り組んでいることはありますか?

譲受側:美沙希氏

材料はできるだけ地元産を使いたいと思い、新しく開発したブルーベリー大福のブルーベリーや、あんに入れる抹茶やほうじ茶は、飯南町で生産している農家の方にお願いして仕入れています。商品を通して飯南町の魅力を少しでも広められたらと思っています。
一番大きな取り組みは、新店舗のオープンですね。これまでなかったイートインスペースを設け、お菓子をゆっくり食べてもらえるカフェにしようと思っています。

譲受側:美保氏

娘からイートインをしたいという相談を受けた時、おばあちゃんもずっとやりたがっていたから、ぜひやろうという話をしました。母の願いを今叶えることができて、本当に良かったと思っています。

譲受側:美沙希氏

店内のテーブルや椅子は、祖父の代から使っていた古い家具を再利用して使う予定です。旧店舗の窓には今では珍しい板ガラスが使われていたので、お皿に加工してもらうつもりです。残せるものはできるだけ残し、新店舗でも活用していきたいですね。
当面は母と私の友人との3人で生産も接客も行いますが、店舗をオープンしてみて、もっと人手が必要だと感じたらもう一人スタッフを増やすかもしれません。

ーー今後の展望を教えてください。

譲受側:美沙希氏

店舗の近くに国道があるので、自転車やバイクでツーリングをする方がよく通るのですが、飯南町にはカフェが少なくて、通り過ぎてしまうのがいつも惜しいと感じていました。新店舗ができたらこの場所に立ち寄ってもらい、交流をしてもらえたらと思っています。店内の窓からは飯南町の自然豊かな景色が眺められますし、ペット連れでも利用できるようにテラス席も設けました。
駐車場では、地元の農家やお店をしている人を招いてマルシェを開き、地域で生産したものを販売してもらおうと計画中です。幼い頃から過ごしてきたこの飯南町で、甲子軒を人が集まる場所にしたいと思っています。

ーー事業承継を検討されている方にアドバイスをお願いします。

譲受側:美沙希氏

私の場合は、新しい建屋がなければお店が継続できなかったので、まずは補助金や融資を得ることが必要でした。たくさんの書類の作成は大変でしたが、藤岡さんがサポートしてくれたおかげでスムーズに支援を受けられ、新店舗を建てることができて感謝しています。やっぱり専門家に相談することが大切ですね。セミナーなどにも参加し、顔を売ってつながりを作り、周りの人の協力を得ながら進めていくことをおすすめします。

美沙希氏、美保氏

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