人気商品を承継し、牧場の認知度もアップ
酪農業の6次産業化への大きな足がかりに

北海道のニセコ町で放牧酪農を営む「ニセコリンリンファーム」が、チーズ専門店の人気商品「クリスピーチーズ」のレシピを承継し、認知度アップや販路拡大に成功した。その経緯や成功の秘訣を伺った。

Story’s Point

  • 将来の6次産業化に向け、アイスクリームの製造機を譲り受けるため、ニセコリンリンファーム代表の鈴木登氏と妻の塁氏が、令和5年1月に譲渡側の関氏の元に訪れたところ、チーズを加工したお菓子「クリスピーチーズ」の事業承継を打診された。
  • 塁氏に製造・販売経験があること、また6次産業化への足がかりにもなることから、事業を引き継ぐことを決意。レシピを教わると同時に、商工会と日本公庫のサポートのもと、無償譲渡の形でスムーズに事業承継が完了。
  • 令和5年5月からクリスピーチーズの販売を開始。既存のお客様との取引継続だけでなく、SNSやネットラジオでの配信、オンラインショップ運営、イベント出店などを通して認知度が高まり、販路が広がりつつある。
(譲受側):鈴木 登 氏、塁 氏

Company Information

ニセコリンリンファーム

ニセコリンリンファーム
所在地 北海道虻田郡ニセコ町 創業 令和3年 
業種 酪農業

譲渡側:関 氏
ニセコ町で20年近くにわたりチーズ専門店として営業を続け、手作りチーズなどでたくさんのファンを獲得してきた人気店だったが、店主の高齢化により閉店。チーズを加工したお菓子「クリスピーチーズ」だけは残したい、とレシピを鈴木氏に引き継いだ。

譲受側:鈴木 登 氏(当時39歳)、塁 氏(当時39歳)
令和3年に北海道のニセコ町で新規就農。日本では数少ない放牧酪農かつ6頭の小規模酪農によってストレスのない環境で乳牛を飼育し、良質な生乳を生産・販売している。令和5年にクリスピーチーズの製造・販売事業を承継した。

ーー事業承継に至ったきっかけを教えてください。

譲受側:登 氏

現在の事業の柱は生乳の製造・販売で、加工は行なっていないのですが、将来的には生乳を使ったアイスクリームなどで6次産業化を目指したいと以前から考えていました。その実現のためにアイスクリームの製造機を譲ってくれる人を探していた時、知り合いの酪農家から機械の譲り先を探している方がいると聞き、訪問したのがクリスピーチーズの製造をされていた関さんです。
関さんは手作りチーズやアイスクリームを提供するチーズ専門店を長年営業されていた方で、引退に向けて以前から事業を縮小し、近々廃業を考えておられました。ただ、チーズを加工した「クリスピーチーズ」というお菓子だけは誰かに引き継いでもらい、味を守ってほしいと、後継者を探していたんです。そこに私たちがタイミングよく訪問したところ、突然、事業承継を打診されました。「アイスの機械は持っていってくれていいんだけど、クリスピーチーズもやらないか」と(笑)。あまりに想定外のお話で、私はその場で判断ができなかったのですが、妻が「やりたいです。」と即答したんです。

ーー塁さんはなぜ承継したいと思われたのですか?

譲受側:塁 氏

クリスピーチーズは20年間続く人気商品で、ニセコ町のふるさと納税の返礼品にも選ばれているくらい有名ですし、空港のショップにも並んでいて根強いファンもいます。私も食べたことがあり、おいしさを知っていたので、関さんの引退でこのお菓子がなくなるのはもったいないと思いました。それに、お菓子の名前も全て譲ってくださるとのことだったので、この事業承継をきっかけにニセコリンリンファームの認知度を高め、6次産業化のステップを踏んでいけるのではないかと思ったんです。
話を聞いて最初は戸惑いましたが、10秒後には「やりたい!」と思いました。

譲受側:登 氏

その日、家に帰って一度妻と話し合いましたが、普段あまり希望を言わない妻がクリスピーチーズに関してはとても積極的だったので、そんな妻が「やりたい」というならこれはやるべきだと思いました。それに、妻はこれまで別の店舗で生乳を使ったアイスクリームやお菓子の製造・販売を経験したこともあり、慣れているから大丈夫だろうという信頼感もありました。

ーー関さんはなぜ、初対面の鈴木さんに事業承継を打診されたのだと思いますか?

譲受側:登 氏

酪農業とチーズの加工という2つの事業に親和性があることが理由の一つかもしれません。加えて、妻に調理師免許や菓子製造の経験があり、事業の引き継ぎがスムーズに進むだろうと考えられたのではないでしょうか。
ただ、一番大きな決め手は関さんの直感だったのではないかと思います。事業承継が終わった後、お電話をした時に「なぜ初対面の私たちに事業承継の話をしてくれたんですか?」とお聞きしたことがあるのですが、「一回会えばその人がどういう人間かが分かるんだ」と言ってくださいました。事業にかける私たちの本気度を信頼してくれたのだと思います。

譲受側:登 氏

ーー事業承継を進める上で提示された条件はありますか?

譲受側:登 氏

生産設備もレシピも「クリスピーチーズ」という名前も全て無償で譲ってくださって、金額面での条件は一切ありませんでした。唯一伝えられたのは、商品の独自性を守るために、誰かにレシピを漏らしたり製造工程を見せたりしてはいけない、ということだけです。とてもありがたいお話でした。
ただ、無償譲渡という点については、後日、関さんに再確認しました。商工会から日本公庫を紹介してもらって融資の相談をした際に、無償で譲渡してもらえるという話をしたところ、後々のトラブルを防ぐためにも、お互いの条件を整理してしっかりと合意形成をしておいた方がよいと日本公庫からアドバイスを受けたからです。そこで改めて関さんに質問したところ、「本当にいらないんだ。アイスクリームの機械も、何もかも、きれいさっぱり持って行ってくれたらいい」とまで言ってくれました。

ーー商工会と日本公庫からはどのような支援を受けましたか?

譲受側:登 氏

商工会には、事業承継を進める上での手続きや、クリスピーチーズ事業の事業計画書の作成とブラッシュアップをサポートしてもらいました。
日本公庫には、クリスピーチーズ事業にどれくらいの設備投資が必要かを相談し、製造所の建設や水道設備の整備にかかる費用と運転資金の融資をお願いしました。万が一、事業が失敗しても酪農業にはダメージがない程度の少額融資だったので不安はありませんでしたが、逆に、少額だからこそ相手にしてもらえないのではないかというイメージは持っていました。しかし、担当の方が面談や電話を通じて話をしっかりと聞いてくださり、融資も無事に受けることができました。
また、融資だけではなく、酪農業やクリスピーチーズの事業展開に関して親身に相談にのっていただけたことも非常に心強く思いました。特に、将来の目標としている6次産業化に関しては、既存の酪農業の収支を踏まえた上で的確なアドバイスをいただきました。6次化に着手するにはどの程度の経営体力が必要か、6次化の事業ではどの程度の収益を上げなければいけないのか、さらに今後融資を受けやすくするために現在の酪農業でどのくらいの収益を上げなければいけないのか。現実的な数字を詳細にシミュレーションしてもらったことで、事業展開について整理して考えることができました。

譲受側:塁 氏

事業承継後にニュースリリースをしてくださったことにも感謝しています。配信後すぐに北海道新聞から取材依頼があり、記事に掲載してもらったところ、その記事を見た小樽の会社の方から、新規取引のお問い合わせをいただきました。認知度の向上と集客にもつながっています。

ーー承継後のお客様や仕入業者との取引はどのように進めましたか?

譲受側:塁 氏

関さんが本当に親切な方で、新千歳空港内の店舗や小樽のマルシェなど承継前から取引のあったお客様に「これからニセコリンリンファームが事業を引き継ぐのでよろしくお願いします」と連絡をしてくれていたので、スムーズに取引を継続できています。
業者についても、「パッケージはここ、バーコードはここに頼んだらいいよ、機械の部品はここで安く買えるから」などといろんなことを教えてくれました。自分でモノを販売するという経験が今までなかったので、「こんな手続きも必要なのか」と気づくことも多く、手探りではありましたが、関さんから教わったことやもらった書類を参考にしたり自分で調べたりしながら、少しずつ進めていきました。

ーー味の承継はスムーズに進みましたか?

譲受側:登 氏

事業承継をお受けすることを伝えてから関さんの工房に通い、3ヶ月ほどレシピや製法を教わりましたが、ご自身のこだわりを私たちに押し付ける方ではなかったので、逆に味の再現に迷うことはありました。実際に事業承継後、元々の味を知っている地元の方からは、もう少し色が濃かったとか、塩味が強い方が良いといったアドバイスをいただいています。取引先からもご意見をいただくことがあるので、声を真摯に受け止め、そのたびに製法を見直し、工夫をして改良を重ねています。みなさんの声が本当にありがたいですね。私たちが作るクリスピーチーズを、お客様が育ててくれているんです。

譲受側:塁 氏

製法を教わっている最中に動画やボイスレコーダーで記録を取っていたので、後から見直して学び直しをすることもあります。レシピを習いたての時と自分で製造を始めてからでは、同じ製法でも見る角度が違うので、「ここはこうだったな」とあらためて気づくことも多いですね。ご意見をいただいた時にも、動画を確認するとコツが見えてくるんですよ。
チーズの脂肪分によって製品の仕上がりが変わってしまうといったトラブルもありました。
その時は、チーズのプロである関さんに電話すると、すぐに原因や対処法を教えてもらえました。

譲受側:塁 氏

ーー新規顧客開拓のために行っていることはありますか?

譲受側:登 氏

SNSやオンライン販売に力を入れています。SNSの投稿にオンラインショップのリンクを貼ってPRしているので、本州の方が注文してくれることが増え、インタ―ネットを通じてお客様との繋がりが広がっているのを感じます。
また、ネットラジオを活用して、ゼロから酪農に挑戦し成長してきた過程を配信しています。リスナーの多くは音声配信を通じて知り合った全国の酪農仲間たち。クリスピーチーズ事業への取り組みも応援してくれて、クリスピーチーズを買って「珍しくておいしい商品がある」と宣伝してくれ、そこからまたお客様へ広がっていくことも多く、みんながニセコリンリンファームを成長させてくれていると実感しています。

譲受側:塁 氏

東京で開催された北海道フェアに出店してからは、関東の企業からのお問い合わせもいただいています。ただ、本格的に全国発送をするとなると、いくつか克服すべき課題はあります。一つは、厚みの薄い商品なので、発送の最中の衝撃で割れないように梱包に工夫をする必要があること。もう一つは、賞味期限の延長です。延長が可能なら販売したいというご要望もいただいているので、品質保持剤を使用すればどの程度の延長ができるのか、検査に出しているところです。事業を譲って下さった関さんのためにも、クリスピーチーズをもっとたくさんの人に知ってもらえるように販路を広げていきたいと思います。

クリスピーチーズ 画像

ーー今後の事業ビジョンを教えてください。

譲受側:登 氏

事業のベースである酪農業は、規模を拡大せず、そのままの頭数で続けます。その中で、いかに牛に負担をかけず、品質の良い生乳を作るのかを追求していきたいと思います。今後の最大の目標は、生乳を使ったアイスクリームの製造販売です。クリスピーチーズをアイスの上に少量乗せるなど、両方の事業を掛け合わせて差別化し、相乗効果を発揮させていきたいですね。まだまだ手探りの状態ですが、「このアイスを食べるために来たんだよ」と言ってもらえることを目標に、いろんなことにチャレンジしていくつもりです。
今は私が酪農に手を取られている状況ですが、今後、酪農とクリスピーチーズ事業を同じバランスで成長させ、ゆとりが生まれたら、6次化にも少しずつ着手していこうと思っています。その際には日本公庫に相談にのってもらい、事業の進め方や販路開拓について的確なアドバイスをいただけると期待しています。

譲受側:登 氏、塁 氏

ーー事業承継を検討されている方に、アドバイスをお願いします。

譲受側:塁 氏

SNSなど自分を表現できる場所が増えているので、やりたいことを外に発信していくことが大事だと思います。発信したことは、絶対に誰かが見てくれているはず。そこで生まれたつながりから、「やりたいと考えていた事業を行っている経営者が、後継者を探している」といった情報も入ってきます。時にはインターネットから飛び出して直接教えてもらいに行くなど、自分から積極的に動くと良いのではないでしょうか。

譲受側:登 氏

何をするにも、大事なのは人と人との縁であり、人間性です。技術や学ぶスピードも大事ですが、第一に、「この人に事業を任せても大丈夫だ」と信頼してもらえるような誠実さが一番大切ではないでしょうか。私が関さんと出会えて、事業承継のお話をいただけたことは運が良かったからだと思っていますが、それも真面目にコツコツとやってきたからこそチャンスが到来したものだと思っています。出会いの一つひとつに感謝し、人と人との縁をこれからも大切にしていきたいですね。

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