島根県のふるさと伝統工芸品「広瀬和紙」の後継者として独立し、店舗兼工房「紙季漉」を開設した大東由季さん。
手漉き和紙の魅力を次世代に伝えるために、師匠である長島勲さんのサポートのもと、今大きな一歩を踏み出した。
左側(譲渡側):先代経営者 長島 勲氏
右側(譲受側):現経営者 大東 由季氏
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広瀬和紙 紙季漉 |
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譲渡側:長島 勲氏(当時84歳)
広瀬和紙製作所
重要無形文化財の認定を受ける安部榮四郎氏の工房で研鑽を重ねたのち、昭和48年に広瀬和紙製作所を開業する。
譲受側:大東 由季氏(当時27歳)
「継ぐスタ」希望者
京都で和紙工芸を学んだあと和紙製作の職を経て、長島さんに師事。3年間修業し、六代目として広瀬和紙を承継。
譲受側:大東氏
浜田市の事業所で働いていたとき、仕事自体は面白かったのですが、まだまだ知識も技術も足りていないと思うことがあり、もう少し深く和紙について学びたいなと考えていたんです。ある日、テレビで長島さんが紹介されていて。「この人に会いたい!」と居ても立ってもいられなくなり、思い切って電話をかけました。会ってみて、技術と考え方に感動し、「教えてください!」とお願いしたんです。
譲渡側:長島氏
後継者がおらず、高齢でしたから、せっかく教えるなら広瀬和紙を継いでほしいというのが本音。ですから最初に「教えるからには継いでくれるか?」と聞いたら、「やります!」と即答するじゃないですか。しかも2回目にはご両親と一緒に訪れて再度頼まれたものだから、「こりゃあ本気だな」と弟子入りを了承したのです。
譲受側:大東氏
和紙の製作は場所も道具も必要な仕事。引き継がせていただけるなら、それ以上にうれしいことはありません。私から「継がせてください」とお願いする立場だと思っていたので、初対面で承継の意志を尋ねられたのには驚きました。
譲渡側:長島氏
ただ、アルバイトしながら修業するという案は断ったんですよ。別の仕事をしながらでは集中できないですし、疲労で修業が進まなくなる可能性もありますから。
譲受側:大東氏
結果的にふるさと島根定住財団のUIターン向けの助成金が利用できたので助かりました。承継にあたっても安来市商工会にサポートしてもらいましたし、今の工房を見つけたのも安来市の空き家バンク。探してみると活用できる施策がたくさんあると分かり、心強かったです。
譲受側:大東氏
修業3年目が過ぎた頃、長島さんから「承継するにも準備には時間がかかるから」と言われたのをきっかけに、具体的に動き始めました。令和3年4月の末に古民家を購入したのですが、その際、島根県のスモール・ビジネス育成支援補助金を活用。内装工事費は安来市商工会の紹介で、しまね信用金庫と日本公庫の協調で融資していただきました。ちなみに機械などの設備は、長島さんから無償で譲り受けました。
譲渡側:長島氏
ゼロから工房を作ったら莫大な資金が必要になるので、使えるものは使ってほしいと譲渡しました。それに機械は、より良い紙が作れるよう、そして私が楽に作業できるよう、失敗を重ねながら作り上げた特注品です。次の世代に引き継がなくてはもったいないですからね。
譲受側:大東氏
長島さんは、私がこれまで抱いていた伝統工芸の職人さんのイメージとは違って、考え方が柔軟でチャレンジ精神が旺盛。例えば、和紙製造は水を使用するので不衛生になりがちなのですが、長島さんは排水設備を整えることで清潔な環境を維持しています。床が濡れていない工房なんて初めて見たので感動しました。長島さんからは技術や知識だけでなく、長く健康に働き続けるための姿勢まで教わっています。
譲渡側:長島氏
まだまだ教えたいことが山ほどありますよ。後継者ができたら安心して引退できるかと考えていましたが、違いました。かえってやる気がわいてきたから不思議です。誰かを心配しているほうが元気で働き続けられるものなのかもしれませんね。
原料は楮(こうぞ)か三椏(みつまた)。
手作業で汚れを取ってから使用します。
水に原料とトロロアオイの根から採れる粘液を 加えて撹拌します。
「簀桁(すけた)」で漉くとできあがり。
譲渡側
譲受側
譲渡側
広瀬町で紙漉きを営む家庭に生まれ
15歳から和紙製作に従事
譲渡側
出雲和紙の創作者で人間国宝の
安部榮四郎氏に望まれ
12年間八雲村の工房で研鑽を重ねる
譲渡側
広瀬町の自宅において「広瀬和紙製作所」を開業
工房を守りながら後継者探しに尽力するも、
なかなか適任が見つからず
譲渡側
事業承継を進めるうえでの原動力は?
大東 「手漉きの紙が好き」という想いがすべての原動力。好きでやっていることなので、事業承継の手続きも特に苦にはなりませんでした。
譲受側
京都伝統工芸大学校和紙工芸専攻に入学
譲受側
浜田市の事業所に就職。
石見神楽の面や衣装に使用する和紙づくりに携わる
譲渡側
弟子として大東さんを迎え入れる
初対面で承継の意志を確認
譲受側
長島さんに弟子入り
技術の承継に向けた 修業がスタート
譲受側
安来市商工会協力のもと
事業承継に向けた計画を作成
譲渡側
大東さんに事業譲渡
譲受側
安来市の古民家を購入。
並行して内装工事費等の
資金を調達
しまね信用金庫と 日本公庫の協調で融資
譲渡側
ライフワークとして和紙製作を続けながら
大東さんの指導に当たる
譲受側
店舗兼工房「広瀬和紙 紙季漉」開設
譲渡側
事業承継後の状況は?
長島 動ける間は新しいことにチャレンジしようと思っています。大東さんに伝えたいこともたくさんありますし、まだまだ元気でいたいですね。
譲渡側
承継後に工夫したことは?
大東 紙がそのまま売れるのが理想ですが、すぐには難しいもの。まずは和紙の使い道を提案しようと、「紙季漉」では名刺やコースターなどの小物を置くようにしています。
譲受側:大東氏
事業承継に当たっては長島さんが使用していた機械や道具をすべて受け継ぎました。機械はそのほとんどが既製品ではなく、長島さんこだわりの完全オーダーメイド。良質な和紙を、より効率的に作るためのアイデアが詰まっています。もちろん物だけではなく、長島さんの知恵や技術、そしてお客さまとのコミュニケーション力をすぐ隣で学び、吸収できた点も、承継のメリットだと思います。
長島さんのアイデアで作られた空圧で紙を絞る機械。
譲渡側:長島氏
焦らないことがポイントだと思います。譲る側は、後継者に早く技術を身につけてもらいたいと、ついついあれこれと意見をしてしまいがちです。しかし、このやり方ではかえって後継者の成長を阻んでしまいます。人は自分で壁にぶつかって悩んだからこそ覚えるもの。相談されたときに初めてこちらの考えを伝えるので十分。昔から「急がば回れ」というじゃないですか。技術の承継を円滑に進めたいなら、あえて待つことも大切だと私は考えています。
「簀桁(すけた)」で紙を漉く大東さん。厚さを均等にするのは至難の業です。
譲受側:大東氏
修業に集中したいとの思いで何か良い方法がないか行政に相談したところ、「ふるさと島根定住財団」の移住者向けの助成金を紹介してもらったんです。修業に集中することができて助かりました。あと、創業の準備の際に経営のことを学びたいと思い、よろず支援拠点も活用しました。お店づくりやSNSの活用方法を学ぶことができ、創業後のヒントになりました。悩みがあれば、支援機関等に相談してみるのが一番ですね。
店内にはカラフルな和紙小物がずらり。広瀬和紙を知るきっかけになればとSNSでの情報発信もはじめました。