[流通]農事組合法人 ながさき南部生産組合

| 設立 | 1991年 |
|---|---|
| 資本金 | 1億2500万円 |
| 代表取締役社長 | 近藤 一海 |
| 事業内容 | 農産物・加工物の生産販売など |
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地域農業をリードする近藤一海代表理事 |
「農産物流通の面で産地が主導権を持つことが大事です。その点で、産地直送や農産物直売所ビジネスは、生産農家が消費者の顔を見ながら、商売人の意識でみずから売り、利益を得るので、間違いなく経営自立を実感しました」。 こう語るのは、長崎県南島原市の農事組合法人ながさき南部生産組合の近藤一海代表理事だ。近藤さんは、有機栽培や無・減農薬栽培による農産物の産地直送を武器に契約販売や直売所を手掛け、地域農業を先導する文字通りのリーダーだ。環境に配慮しながら、農家の経営自立を目指してきた近藤さんは、環境保全型農業や産地直送の先駆的な存在だ。 現在、ながさき南部生産組合は、島原半島を中心として、組合員が127人(2010年度末、以下同)、登録ほ場数1096筆、ほ場面積約213ha、そして売上高は約18.3三億円に上る。今でこそ、地域の支持を獲得したが、ここに至るまでの道のりは決して平坦なものではなかった、という。 ながさき南部生産組合の前身である生産販売をする南部蔬菜生産組合と技術研究をする南高果樹研究会を発足した1975年は、近藤さんがまだ23歳のときだった。 農薬や化学肥料などを大量使用する近代化農業の弊害が社会問題化し、安全な食料の確保が社会に意識され始めたことがヒントとなり、有機栽培に着目した。 |
また、生産者である農家に、農産物の販売価格に関する決定権や交渉権が直接的にないという流通システムに当時は疑問を感じたこともあった。「売価の見通しが立たなければ、中長期的な生産計画や確度の高い収益計画を策定しづらくなる。それが農家の自立経営や経営発展を妨げていると感じた」と近藤さんは語る。
発足当時は、環境保全型農業という言葉もなく、有機栽培の具体的な手法も定かでなかったため、理解を示して参画してくれたのはわずかに5人だった。
加えて、産地直送も課題だった。農協共販のような一括して集荷・販売する流通システムを介さず、直接、生協や量販店などに卸すという産地直送は、その先進性ゆえに、賛同者や地元の支持を得るにはかなりの時間を要した。
特に営農に必要な種苗や肥料、ダンボールといった資材の確保は悪戦苦闘の連続だったという。たとえば、種ジャガイモは北海道の南富良野から入手したり、回収業者からダンボールを入手したりした。
しかし種苗、肥料、資材などの独自購入ルートは値段交渉の余地が大きく、結果として市場価格より安く手に入れることが可能となり、組合員の生産コスト削減をもたらした、という。
また、契約販売先の拡大についても言い知れない苦労があった。地下足袋を革靴に履き替えて、必死で安全・安心を売りに歩き回った。あるスーパーの部長からは、ボロの靴で営業にまわる近藤さんの熱意に心を打たれ、思わず契約した、と後日談を聞かされ、苦労が報われたと思った、という。
こうした数多くの困難を乗り越えつつ、中間マージンや生産コストの削減を図り、経営の足腰を固めた。そして、1985年に南部蔬菜生産組合など前身の2団体を合併して、新たに任意団体であるながさき南部生産組合を発足させた。その後、88年には産地直送を本格的な事業として開始するため、組合は事務所や産直センターを建設した。
事業が軌道に乗り始める中で、契約先からの出荷量増加や多様な農産物の出荷要望への対応が、次の課題となった。販売先の増加や要望に応じて、組合員の増加が急務になった。
有機農業が社会的に認知され始めたことに後押しされ、口コミで知り合いが知り合いを呼んだことや地道な草の根運動が功を奏した結果、組合員の増加に成功した。また、収益構造の転換によって、経営の打開を図りたい農家からの支持も得ることができた。
85年に20人だった組合員は、結果として、95年には123人まで増加し、大きく成長した。
「販売先あっての生産。それに見合った生産量と組合員数が大事です」という。
出荷時に損失がでないよう、販売が確保できた分だけ、組合員を増加させたというからなかなか堅実な経営手法だ。
91年には、ながさき南部生産組合を法人化。そして92年には新しい事務所や産直センター、96年には、国見事業センターなど、徐々に経営の規模を拡大させた。
「産地が主導権をもつためには常に改革し、他者に先んじて行動することが大事」というのが持論の近藤さんは、2005年に直売所であるファーマーズマーケット「大地のめぐみ」の経営に踏み出した。
契約販売は品種、資材、生産時期など、生産制約が強いのに対し、直売所は農家の自由裁量の余地が大きいのが特徴だ。規格外の農産物出荷や少量生産も可能となり、契約販売と直売所との両立で農家の所得増を見込めると考え、新しいビジネスチャンス創出を目指した。
たとえば、従来はお金にならないブロッコリーのわき芽が人気商品となったり、一定ロットの確保が必要となるイチゴが一パックから販売できたりと、採算に乗る農産物の幅が飛躍的に広がった。
もともと島原半島は、雲仙岳を中心に起伏にとんだ丘陵地であり、1枚1枚が狭い段々畑が多いことが特徴だ。機械化、大規模化しにくいという不利な条件を逆手にとり、畑の大きさに合わせた少量多品目生産に農家は踏み込むことができ、効率的な畑地利用に一役買った。
農産物の売価を農家自身が設定し、みずからが直接消費者に売るという直売所システムの導入は、農家の意識を変えた。どうしたら売れるか農家がみずから考え、工夫をこらすようになった。たとえば、商品の中身が見える包装方法やデザインなど、消費者への見せ方まで、こだわる農家が出てきた。
工夫をする農家ほど売れ行きが好調で、今では、直売所で2000万円、契約販売で2000万円を超える農家も出てきたそうだ。
直売所「大地のめぐみ」の成功を生かし、生協などのスーパーに直売所を設けるインショップを2006年にスタートさせ、現在は12店舗を構えている。
次はどんなチャレンジをするのか。近藤さんは「次の目標は、加工品事業の展開や直営農場の設立だ。組合員が儲けて、組合も儲ける仕組みが大切だ」と語ってくれた。
経営改革に日々取り組むながさき南部生産組合は、閉塞状況に陥りかねない日本農業の文字通り先進モデルとなりそうだ。
(情報戦略部 飯田 晋平)
AFCフォーラム2012年1月号
農事組合法人 ながさき南部生産組合 URL(http://tentoumusi.net/index.php)